先月一ヶ月は、サンフランシスコのUCSFで、小児消化器の実習を行ってきました。
アメリカの医学部の最終学年(4年)は、どこのメディカルスクールでも殆どが自由選択実習なので、全米のどこで行っても良い。直接の医療以外にも、教授のさえあれば研究とかだって出来る。たとえば居年末は研究「実習」と称して、3ヶ月間、ドイツにポスドクに戻った(もっとも単位は2か月分しか認定されなかったが)。
医学の実習に関していうと、アメリカの認定されたメディカルスクールならどこでも、出身校の学費さえ払っていれば、よそのどこの学校・病院でも実習が出来るというシステムが整っている。あるいは、アフリカや南米の低開発国に行って病院で働く同級生も、とても多い。
アメリカの場合は出身校に残るということが必ずしも、良いこととはされない。まあ生え抜きで、出身校で研修を行って、研修終了後10年以内に正教授、なんていうサラブレッドはどこにでもいるが、通常はどうしても、同じところにずっと居座って特にうだつがあがらない場合は即、他所に移る実力・気力がない、と見られがちだ。つまり、研修は他所に移るのが、普通なのである。
それだから、この4年目のElective実習は、研修のオーディション(試用)や研修先決定の材料のために使われる。人気の科や人気病院に応募する同級生は、場合によっては半年近くを他所の学校で行ったりする。あるいはたとえば西海岸出身で、あるいは配偶者が遠距離の場合は、その当地に出向いて4年目の殆どをその地ですごすことだって、可能である。
僕の場合は1年間またドイツで研究してからおそらく、2011年のマッチで小児科のインターンを探すことになるので、小児科インターンのポジションがあるUCSFでオーディションをした。小児科は通常3年の研修だが、1年目インターンだけのPrelimというポジションもある。通常は、Prelimというと一般内科、一般外科、あるいはtransitionalと呼ばれるスーパーローテーションみたいなのの三種類だけであるが、実を言うと小児科のprelimというポジションもあるのだ。まあ殆ど知られていないし、全米で毎年20ポジションだけではあるが。Prelimの一年間を終えると、医師免許が取れ、また、麻酔科・放射線科・神経内科などの後期研修に進む資格が、生じる。ただし、各課(内科・外科・小児科)の専門医資格は、ない。
まあいずれにしても、サンフランシスコはとても気に入ってもらって、とても居心地がよく、また勉強になった。今月は必修の救急実習で比較的暇なので、ぼちぼち、先月の思い出を書き残すこととする。
2010年4月2日金曜日
2009年6月21日日曜日
Third year修了
まあ正確に言うと、研究をしていた都合でまだ1ヶ月半、家庭医療と神経内科を回らなければならないのだが、まあ、外科を終えたわけで、Medical Schoolで一番大変な1年は終わったに等しい。久しぶりの休暇、10日間。一息つきながらTchaikovskyを聞いたり、積ん読になっていたいろいろな本をかじったり、ぶらぶら街を散歩して考えることしきり。
この半年で発見したこと:実をいうと、臨床は、嫌いではない。きっとそれなりの臨床家にも、なりうるような気はしてきた。でもそれ以上に、やっぱり研究の方が、好きである。研究のことを考えていない日々は、やはり、どこかで息苦しい。あと、現在のような高度専門化の元では、本質的に意味のある基礎研究と上質の医療を同時に行うことは、まず不可能といって差し支えない。少なくとも、僕には。
まあ卒後1年間の研修を経て免許だけは取ることになるだろう。その研修マッチの際の売り込みも考えなければならない。つまり、「1年きりのつもりのお客さんが、果たしてどれだけきちんと働くだろうか」という疑問に答えねばならないのだ。でもよく考えたら、この「臨床」という希有な体験があと、4年の研修前実習と、インターンの1年だけしか積めない、ということは、ある意味でその1年がより貴重であるという風にもとれる。その1年で、一生分の研究の糧を蓄え込まなければならない。そういう側面を提示できれば、研修プログラムもこちらの姿勢に納得を示さないとも、限らない。
この半年で発見したこと:実をいうと、臨床は、嫌いではない。きっとそれなりの臨床家にも、なりうるような気はしてきた。でもそれ以上に、やっぱり研究の方が、好きである。研究のことを考えていない日々は、やはり、どこかで息苦しい。あと、現在のような高度専門化の元では、本質的に意味のある基礎研究と上質の医療を同時に行うことは、まず不可能といって差し支えない。少なくとも、僕には。
まあ卒後1年間の研修を経て免許だけは取ることになるだろう。その研修マッチの際の売り込みも考えなければならない。つまり、「1年きりのつもりのお客さんが、果たしてどれだけきちんと働くだろうか」という疑問に答えねばならないのだ。でもよく考えたら、この「臨床」という希有な体験があと、4年の研修前実習と、インターンの1年だけしか積めない、ということは、ある意味でその1年がより貴重であるという風にもとれる。その1年で、一生分の研究の糧を蓄え込まなければならない。そういう側面を提示できれば、研修プログラムもこちらの姿勢に納得を示さないとも、限らない。
2009年4月14日火曜日
クラス会
夜7時、例によってクラス会。同級生は皆来年度の前半のスケジュールで大変だ。7月から11月くらいまでの間に、志望科におけるGeorgetownでのAI(インターン実習、事実上インターンの代行)や志望先でのオーディション実習を詰め込まなければならない。あと、Step 2のCSも、12月31日までに受験することが義務づけられている(追試処分になっても卒業までに修了できるように)。担当の教授からの説明や事務の説明があった。
2009年3月26日木曜日
内科説明会
今日は内科研修、内科・小児科研修、内科初期研修希望者を対象とした説明会が開かれた。内科の諸先生方と内科にマッチしたばかりの4年生たちとが、3年生を対象にこの先一年間のマッチまでの課程やポイントを説明。明日産婦人科の試験なので、ざっとメモだけ。
- オーディション... 内科の場合は基本的に不要、場合によっては負に働く。でも、研修先の素顔をみておくという意味で有意義である、インタビューの日はよいところしか見せてはくれない
- そろそろCV履歴書やpersonal statementのテーマを考え出した方がよい
- 内科研修部長、学生教育部長などとよく相談して、応募先を決める(reachとsafety滑り止めの両方を含めてバランスよく)
- program coordinator(事務の人)がとても重要。内科研修のprogram coordinatorもこの説明会に参加していて、彼らの立場からみた攻略法を説明。だいたい、program coordinatorと密に連絡を取って愛想よくしておくと、印象に残っていて、そのつもりがなくても事務の際にどうしても丁寧に扱うことになりますよ、だそうだ。逆にprogram coordinatorに対してあまり失礼はないように、それがあると×がつくそうだ。ま、当然といえば当然の話だが。
- どうしてもいきたいプログラムで11月末くらいまでにインタビューをもらえなかったら、まずはprogram coordinatorに直接、強い希望を伝える。それでもだめなら、研修部長・教育部長に電話を入れてもらう。もしもあまり無理のない範囲の志望先だと、これでだいたいインタビューがもらえることが多い。(GeorgetownならGeorgetownの学生は何人までインタビュー、という枠がだいたい決まっていて、それでインタビューがもらえないことがほとんどなので、そういう意味でこの学校からの推薦電話一本がきいたりするのだという)今年も何人か、この手段で手に入れたインタビュー先にマッチしたという。
- Personal statement... 必ず教育部長か研修部長に下書きを直してもらうこと。
- 推薦状... 有名な先生よりは、直接指導下で臨床をした先生、そして心のこもった人柄が伝わる推薦状を書いてくれる先生を選ぶこと。書き慣れていない先生は選ばない方がよい。推薦状の先生を選ぶ前に一言、教育部長・研修部長に依頼リストを見てもらうと、やめておいた方がよい、手紙の下手糞な先生を指摘してくれるそうだ。
- マッチした同窓生に連絡して、プログラムの短所長所を調べる
2009年3月19日木曜日
蠕動運動
蠕動運動が腹腔鏡から見える。感動的。しかも、レジデントの信頼を得るとともに、いろいろやらせてもらう範囲も拡大する。あと、ゆっくり丁寧にやって隠していたのだが、縫合が速くて上手いということがばれてしまったらしい。それはそう、小動物の手術になれているものね。そっちの方が人間よりも、よっぽど難しいに決まっている。だって小さいし、しかも小動物はどうしても自分でひっかいてしまうので、それでもきちんと治るためには、結び目の固さや針の目の深さなど、いろいろセンスが必要なのだ。脳みたいな複雑な臓器だと、動物の健康状態によって実験結果が大きく変わってくる、ということを解さない人には、小動物の手術なんていうのは炎症だろうが何だろうが、どうでもよいのだろうけれども。
今日はしかも、マッチデー。MD/PhDの友人(先輩?)はBaltimoreの有名な大学病院にマッチしたが、本来は西海岸に行きたがっていたから、全米1,2のメディカルセンターでも、失意のことと思う。週末に飲もうということになっていたが、これは、やけ酒になるか?
それより何より、結構ちゃんとした雑誌から、とんでもなくどうしようもない論文の査読がきていて、今日が締め切り。まあ、駆け出しはこういう下働きをさせられるのは、研究にしたって臨床にしたって、変わらない。いかにして素知らぬ顔してとんでもない酷評を書くか、これも、臨床と一緒で演技の一種と考えればよかろう。まあ、英語圏の人じゃないし、そういう間違いはちょっと寛容に見逃してあげるといったって、ストーリーがまったくなっていないのはどうにも助けようもない。
今日はしかも、マッチデー。MD/PhDの友人(先輩?)はBaltimoreの有名な大学病院にマッチしたが、本来は西海岸に行きたがっていたから、全米1,2のメディカルセンターでも、失意のことと思う。週末に飲もうということになっていたが、これは、やけ酒になるか?
それより何より、結構ちゃんとした雑誌から、とんでもなくどうしようもない論文の査読がきていて、今日が締め切り。まあ、駆け出しはこういう下働きをさせられるのは、研究にしたって臨床にしたって、変わらない。いかにして素知らぬ顔してとんでもない酷評を書くか、これも、臨床と一緒で演技の一種と考えればよかろう。まあ、英語圏の人じゃないし、そういう間違いはちょっと寛容に見逃してあげるといったって、ストーリーがまったくなっていないのはどうにも助けようもない。
2009年3月18日水曜日
面談
そろそろ、来年度の4年次away electiveの出願をしなくてはならない。(アメリカ国内のメディカルスクールに在学している場合、通常出願費100ドル程度の実費で、よその学校での1ヶ月単位の病院研修が可能だ。まあ、出願して採用されればの話ではあるが。過誤保険などは通常、出身校の保険を適応、外国からの場合は、相互利益がないだけではなく、この過誤保険もネックとなるようだ。マッチ前のオーディションとして、将来働きたい研修病院で行うことが(特に競争の激しい病院や研修課では)通常である。
そのほか、臨床キャリアプランの落としどころがだいたい見えてきたので、それも含めて、病棟で親切に面倒をみていただいた小児科の教授と面談することにした。この先生の旦那さんは実を言うと、著名な理論脳科学者でもある。
で、awayの出願は、各メディカルスクールの在学生のローテーションがあらかた固まる4月後半あたりが、山場なのだ。在学生のローテーションを確保してから、よその学生で、穴を埋める。
実際にawayをするのはいつかというと、通常、4年次の最初は自身の出身校で内科や志望科の4年次acting internship(subinternship)を1ヶ月やって経験を積み、晩夏から初秋にオーディションするというのが通常のスケジュール。面接シーズンの晩秋までにはだいたい皆、終える。僕は研究を1年間はさんで1年遅れのマッチとなるため、冬から春にかけて、そして同級生のマッチが決まったあとも、オーディションが可能である。
Audition awayを行うかどうかについては、賛否両論ある。面接ではある程度コントロールされた状況下で評価されるため、売り込みのうまい場合はオーディションなどしない方がよいような場合だってある。オーディションで1ヶ月いた場合など、ボロが出たり、あるいはたまたまチームが悪かったりして大失敗、なんていうことだってないとはいえない。
僕の場合はおそらく小児科のインターンという普段ないパターンの研修を行うことになりそうなので(小児科は通常、3年一貫教育である)、研修先も全国17カ所の24ポジションに限られる。ごく限られたポジションなので、教授からは、志望順位の高いところの中でなるべくたくさんオーディションをするように、アドバイスをいただいた。あと、君は、面接という限られた時間よりもじっくりと働きぶりをみてもらった方が有利なんじゃないかしら、と。一応、褒め言葉と受け止めておく。
さらに、今までの科での評価からは、「内気すぎる」というのと「もっと自信を持って」というのが何度も出てきたので、それらについても相談した。「自信」については、まあ、経験を積めばどんどん直るだろう、と。特に、希な鑑別もよいが、非常にコモンな鑑別と、あとは危険信号にきちんと対応するような訓練を積めば積むほど、自然に治るだろう、と。つまり、研究のような勉強の仕方だけじゃなくて、もっと実践的な対応もちゃんと経験を積むよう心がけると、楽になるのだと。確かに僕は、本を読めば人生万事解決すると思っている節があることは、否めない。
「内気」については、まあ、あまり無理はすることはないけれども、「これは自分の職業的な仮面だ」という側面を意識すると、気が楽なのではないか、と。まあ臨床の場では普段の生活ではとてもではないが口にできないようなことを訊くたり、とてもではないが他人にはできないような行為を平気で行うことになる。それらが自分の素ではないことをしっかり意識して、白衣と一緒にある人格もまとうような感じを頭のどこかで意識するといいよ、だって。
あとチーム内では、手の空いたときに進んで色々な人に話しかけて手伝うような積極性があると、周りの印象がだいぶ違うんじゃないかしら、だって。あまり黙々と働くのは、よくないようだ。
また、3年生はよっぽど忙しい場合や簡単な患者をのぞいては、すべてレジデントの監督の下であったり、レジデントが後で重要な所見は取り直したりすることになるので、臨床上の役割がだいぶredundantである。4年次のAIになると、そこらへんの責任も一段高まるので、その意味でも役割がはっきりして、自信を持って演技に臨める気も、する。
そのほか、臨床キャリアプランの落としどころがだいたい見えてきたので、それも含めて、病棟で親切に面倒をみていただいた小児科の教授と面談することにした。この先生の旦那さんは実を言うと、著名な理論脳科学者でもある。
で、awayの出願は、各メディカルスクールの在学生のローテーションがあらかた固まる4月後半あたりが、山場なのだ。在学生のローテーションを確保してから、よその学生で、穴を埋める。
実際にawayをするのはいつかというと、通常、4年次の最初は自身の出身校で内科や志望科の4年次acting internship(subinternship)を1ヶ月やって経験を積み、晩夏から初秋にオーディションするというのが通常のスケジュール。面接シーズンの晩秋までにはだいたい皆、終える。僕は研究を1年間はさんで1年遅れのマッチとなるため、冬から春にかけて、そして同級生のマッチが決まったあとも、オーディションが可能である。
Audition awayを行うかどうかについては、賛否両論ある。面接ではある程度コントロールされた状況下で評価されるため、売り込みのうまい場合はオーディションなどしない方がよいような場合だってある。オーディションで1ヶ月いた場合など、ボロが出たり、あるいはたまたまチームが悪かったりして大失敗、なんていうことだってないとはいえない。
僕の場合はおそらく小児科のインターンという普段ないパターンの研修を行うことになりそうなので(小児科は通常、3年一貫教育である)、研修先も全国17カ所の24ポジションに限られる。ごく限られたポジションなので、教授からは、志望順位の高いところの中でなるべくたくさんオーディションをするように、アドバイスをいただいた。あと、君は、面接という限られた時間よりもじっくりと働きぶりをみてもらった方が有利なんじゃないかしら、と。一応、褒め言葉と受け止めておく。
さらに、今までの科での評価からは、「内気すぎる」というのと「もっと自信を持って」というのが何度も出てきたので、それらについても相談した。「自信」については、まあ、経験を積めばどんどん直るだろう、と。特に、希な鑑別もよいが、非常にコモンな鑑別と、あとは危険信号にきちんと対応するような訓練を積めば積むほど、自然に治るだろう、と。つまり、研究のような勉強の仕方だけじゃなくて、もっと実践的な対応もちゃんと経験を積むよう心がけると、楽になるのだと。確かに僕は、本を読めば人生万事解決すると思っている節があることは、否めない。
「内気」については、まあ、あまり無理はすることはないけれども、「これは自分の職業的な仮面だ」という側面を意識すると、気が楽なのではないか、と。まあ臨床の場では普段の生活ではとてもではないが口にできないようなことを訊くたり、とてもではないが他人にはできないような行為を平気で行うことになる。それらが自分の素ではないことをしっかり意識して、白衣と一緒にある人格もまとうような感じを頭のどこかで意識するといいよ、だって。
あとチーム内では、手の空いたときに進んで色々な人に話しかけて手伝うような積極性があると、周りの印象がだいぶ違うんじゃないかしら、だって。あまり黙々と働くのは、よくないようだ。
また、3年生はよっぽど忙しい場合や簡単な患者をのぞいては、すべてレジデントの監督の下であったり、レジデントが後で重要な所見は取り直したりすることになるので、臨床上の役割がだいぶredundantである。4年次のAIになると、そこらへんの責任も一段高まるので、その意味でも役割がはっきりして、自信を持って演技に臨める気も、する。
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