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2010年4月2日金曜日

San Francisco実習(1)

先月一ヶ月は、サンフランシスコのUCSFで、小児消化器の実習を行ってきました。




アメリカの医学部の最終学年(4年)は、どこのメディカルスクールでも殆どが自由選択実習なので、全米のどこで行っても良い。直接の医療以外にも、教授のさえあれば研究とかだって出来る。たとえば居年末は研究「実習」と称して、3ヶ月間、ドイツにポスドクに戻った(もっとも単位は2か月分しか認定されなかったが)。

医学の実習に関していうと、アメリカの認定されたメディカルスクールならどこでも、出身校の学費さえ払っていれば、よそのどこの学校・病院でも実習が出来るというシステムが整っている。あるいは、アフリカや南米の低開発国に行って病院で働く同級生も、とても多い。

アメリカの場合は出身校に残るということが必ずしも、良いこととはされない。まあ生え抜きで、出身校で研修を行って、研修終了後10年以内に正教授、なんていうサラブレッドはどこにでもいるが、通常はどうしても、同じところにずっと居座って特にうだつがあがらない場合は即、他所に移る実力・気力がない、と見られがちだ。つまり、研修は他所に移るのが、普通なのである。

それだから、この4年目のElective実習は、研修のオーディション(試用)や研修先決定の材料のために使われる。人気の科や人気病院に応募する同級生は、場合によっては半年近くを他所の学校で行ったりする。あるいはたとえば西海岸出身で、あるいは配偶者が遠距離の場合は、その当地に出向いて4年目の殆どをその地ですごすことだって、可能である。

僕の場合は1年間またドイツで研究してからおそらく、2011年のマッチで小児科のインターンを探すことになるので、小児科インターンのポジションがあるUCSFでオーディションをした。小児科は通常3年の研修だが、1年目インターンだけのPrelimというポジションもある。通常は、Prelimというと一般内科、一般外科、あるいはtransitionalと呼ばれるスーパーローテーションみたいなのの三種類だけであるが、実を言うと小児科のprelimというポジションもあるのだ。まあ殆ど知られていないし、全米で毎年20ポジションだけではあるが。Prelimの一年間を終えると、医師免許が取れ、また、麻酔科・放射線科・神経内科などの後期研修に進む資格が、生じる。ただし、各課(内科・外科・小児科)の専門医資格は、ない。




まあいずれにしても、サンフランシスコはとても気に入ってもらって、とても居心地がよく、また勉強になった。今月は必修の救急実習で比較的暇なので、ぼちぼち、先月の思い出を書き残すこととする。

2009年12月2日水曜日

AI

Acting Intern、インターン代行。メディカルスクール4年次の学生は、こう呼ばれる。そして事実上、インターンとして機能することになっている。学校によって、この建前の遵守度は違うようだが、Georgetownは臨床教育が厳しいので有名らしく、本当に、インターンのように、働かせられる。もちろん、免許はまだ取得していないので、オーダーなどはすべてシニアレジデントにcosignしてもらう。でも、書類や患者に対する説明や日々の雑多な医療行為など、特に力のあるシニアレジデントのチームにいると、監視下でうまく泳がせてもらえる。

ドイツから帰ってきて、AI初日。3年生気分の持ち越しで、受け持ち患者について「Do you want to put XXX on YYY?」とシニアに質問したら、「How should I know? You're his doctor!」だって。病院や病気の様子など一通り見えてきて、気を抜きたくなった瞬間に、もう一段と責任を取らせられる。医学教育というのは、そういうものらしい。



「I'm going to put XXX on YYY for ZZZ because AAA. 」といって、オーダーをサインしてもらうのが、正しい。その論理が間違っていれば、その時点で、「No, you should use BBB because CCC.」となる。

検査は鼻くそのようなもの...

今週は、小児科部長がチームの指導医。朝の教授回診で何を言い出すかと思ったら、

...穿る前に、出てきたものをどう処理するかの準備が必要です

だそうだ。まあ、まったく血液・腫瘍・感染症などまず関係のない、その点では健康な子が、誰かが気軽にオーダーした血算で白血球が高めで、どうしようかという相談だったのだが、「これでまたさらに根掘り葉掘り検査をはじめなければならなくなるでしょ」とのこと。



患者さんは通常、検査はよいものとばかり思っている。まあお金がかかるから、という心配を除いては。でも偽陽性や、検査に伴うリスクなどを考え合わせると、それはとんだ誤解である。必要のない検査は、ごく限られたスクリーニング検査を除いては、悪なのである。必要悪ではあっても、よいものでは、決してない。まったく侵襲性のない医療行為というのは存在しないわけで、極端な話、たとえば、病院に一歩踏み入れた瞬間から、感染リスクがなどが始まるのだ。

2009年11月15日日曜日

嵐の前?

3ヶ月のドイツでの研究員生活を終え、また病棟に。思うところはいろいろあって書ききれないのですが、とりあえずは来夏の卒業に向けて、ラストスパートといったところでしょうか。研究も仕事がたくさんたまっていて、本当は病院どころではないのですが。

で明日の朝から始まる小児科病棟に備えて、今日は日曜の朝のroundsに参加してきた。

久しぶりの病院。つい半年前は口をついて出てきたいろいろな知識が、脳みその奥深くに眠ってしまっている。果たしてよみがえるか。そして4年次の病棟は、免許こそはないからオーダーはレジデントたちに署名はしてもらうけれども、それ以外はほとんどインターンと同等の仕事をすることが求められるので、果たして大丈夫であろうか。

忙しい中いろいろと考えたり悩んだりすることも多いはずなので、まあ、差し支えのない部分については現在進行形でこの場に日記することを、今月の、目標とします。

2009年4月21日火曜日

子供の選択権

CFなどの病気だと、子供をいかにして治療に対して前向きな精神状態にするかが、子供のhappinessだけではなく、生存にも響いてくる。だから、子供にも子供なりの選択権を与えなければならない。その際、「Do you want this treatment?」という感じではなく、「Do you want to go to this hospital or that hospital for your treatment?」とか、「Do you want to go on Monday, or Tuesday?」とか、選択肢をうまく絞り込むことが重要だという。

つまり、寒い日に子供に上着を着せるのに、「青いジャンパーがいい?それとも緑色のにする?」といった感じでだまし込むのと、同じ手筋。「いやだ、ジャンパーなんて着ない!」という選択肢を、与えないのだ。

2009年3月18日水曜日

面談

そろそろ、来年度の4年次away electiveの出願をしなくてはならない。(アメリカ国内のメディカルスクールに在学している場合、通常出願費100ドル程度の実費で、よその学校での1ヶ月単位の病院研修が可能だ。まあ、出願して採用されればの話ではあるが。過誤保険などは通常、出身校の保険を適応、外国からの場合は、相互利益がないだけではなく、この過誤保険もネックとなるようだ。マッチ前のオーディションとして、将来働きたい研修病院で行うことが(特に競争の激しい病院や研修課では)通常である。

そのほか、臨床キャリアプランの落としどころがだいたい見えてきたので、それも含めて、病棟で親切に面倒をみていただいた小児科の教授と面談することにした。この先生の旦那さんは実を言うと、著名な理論脳科学者でもある。



で、awayの出願は、各メディカルスクールの在学生のローテーションがあらかた固まる4月後半あたりが、山場なのだ。在学生のローテーションを確保してから、よその学生で、穴を埋める。

実際にawayをするのはいつかというと、通常、4年次の最初は自身の出身校で内科や志望科の4年次acting internship(subinternship)を1ヶ月やって経験を積み、晩夏から初秋にオーディションするというのが通常のスケジュール。面接シーズンの晩秋までにはだいたい皆、終える。僕は研究を1年間はさんで1年遅れのマッチとなるため、冬から春にかけて、そして同級生のマッチが決まったあとも、オーディションが可能である。



Audition awayを行うかどうかについては、賛否両論ある。面接ではある程度コントロールされた状況下で評価されるため、売り込みのうまい場合はオーディションなどしない方がよいような場合だってある。オーディションで1ヶ月いた場合など、ボロが出たり、あるいはたまたまチームが悪かったりして大失敗、なんていうことだってないとはいえない。

僕の場合はおそらく小児科のインターンという普段ないパターンの研修を行うことになりそうなので(小児科は通常、3年一貫教育である)、研修先も全国17カ所の24ポジションに限られる。ごく限られたポジションなので、教授からは、志望順位の高いところの中でなるべくたくさんオーディションをするように、アドバイスをいただいた。あと、君は、面接という限られた時間よりもじっくりと働きぶりをみてもらった方が有利なんじゃないかしら、と。一応、褒め言葉と受け止めておく。



さらに、今までの科での評価からは、「内気すぎる」というのと「もっと自信を持って」というのが何度も出てきたので、それらについても相談した。「自信」については、まあ、経験を積めばどんどん直るだろう、と。特に、希な鑑別もよいが、非常にコモンな鑑別と、あとは危険信号にきちんと対応するような訓練を積めば積むほど、自然に治るだろう、と。つまり、研究のような勉強の仕方だけじゃなくて、もっと実践的な対応もちゃんと経験を積むよう心がけると、楽になるのだと。確かに僕は、本を読めば人生万事解決すると思っている節があることは、否めない。

「内気」については、まあ、あまり無理はすることはないけれども、「これは自分の職業的な仮面だ」という側面を意識すると、気が楽なのではないか、と。まあ臨床の場では普段の生活ではとてもではないが口にできないようなことを訊くたり、とてもではないが他人にはできないような行為を平気で行うことになる。それらが自分の素ではないことをしっかり意識して、白衣と一緒にある人格もまとうような感じを頭のどこかで意識するといいよ、だって。

あとチーム内では、手の空いたときに進んで色々な人に話しかけて手伝うような積極性があると、周りの印象がだいぶ違うんじゃないかしら、だって。あまり黙々と働くのは、よくないようだ。

また、3年生はよっぽど忙しい場合や簡単な患者をのぞいては、すべてレジデントの監督の下であったり、レジデントが後で重要な所見は取り直したりすることになるので、臨床上の役割がだいぶredundantである。4年次のAIになると、そこらへんの責任も一段高まるので、その意味でも役割がはっきりして、自信を持って演技に臨める気も、する。

2009年2月20日金曜日

Cheerios

学齢前くらいの子供の診察。指導医と一緒に外来に出て行ったら、お腹を触診するときに、「じゃあ、朝ご飯何食べたか、調べるね... Cheeriosでしょ。」

Cheeriosは人気のシリアルなのだが、これでいくと、結構当たるらしい。「違うの?じゃあ、聴診器で調べるからね。」

小児科の診察は、子供の年齢相応に、対応するのが、肝心らしい。

2009年2月15日日曜日

検査室

Attending 曰く、

検査結果がなかなか戻ってこない。というので、検査室に電話するときは、
  「× I'm wondering if you have this result back yet...」
ではなく、
  「◎ I'm still waiting on the results for...」
とか
  「◎ I assume these results are back already...」
などとassertiveな感じでなければない、というのだ。

必要なものは必要、そうしないと戻ってこないのならまあしょうがないが、こうして社会の喧噪が増していくという、悪循環。ドイツの技官たちが、こいしい。お願いしたら、いったとおり以上の結果がいつもきちんと返ってくる。

新生児健診

新生児健診は、猿と一緒で、気をつけないとひっかけられる。あと、newborn nurseryは猿小屋と一緒で、一人が暴れ出すと(泣き出すと)、皆蝉時雨のように泣き出す。で、こんなのが2,3年もすると人間らしくなってきて、20-30年もすると大概は一丁前のヒトとなるわけだから、不思議なものだ。その目まぐるしい動的な個体進化に寄り添う小児科というのは、実に、奥が深い。

2009年2月14日土曜日

Presentation

小児感染症科。Attending3人だけの小さな部門だが、患者数もコンサルト数も少ないだけに丁寧に診ることができて、attendingもみんなとても教育熱心で楽しいローテーションであった。

で、最後にプレゼンテーションをしろというから、PANDASという、連鎖球菌咽頭炎(あるいは皮膚感染)後に起きる自己免疫疾患としての、痙攣みたいなの(tic)について発表した。10年くらい前にとてもはやったテーマだが、機序(と現象の信憑性すら)なかなかはっきりしないため、最近はちょっと下火の模様。

で都合のよいことに、僕自身の脳研究の生涯テーマ、神経細胞の中間ネットワークレベルでの集合活動を考える上で、とても興味深い。将来できのいい医学生が研究室に来たら、このネタで共同研究をしたいものだ。それまでに、文献を広く下読みしておかなくてはならない。第一チックみたいのが、齧歯類で本当に起きるかどうかすら、実をいうと疑わしい。人間で固有に発達した大脳による中脳以下の制御系統の疾患とみる節があるが、そうだとしたら、猿ですら、大脳によって本能を抑制することは実をいうと人間ほどにはないのだ。



まあいずれにせよ、「大脳の疾患の多くは、実をいうと感染症と絡んだ自己免疫疾患の要素があるかもしれない」というsubtextのプレゼンテーションをしたら、部長先生が最後に、「うん、神経内科も精神科も、全部、実をいうと感染症だ、っておはなしね。おもしろいおもしろい。」と、的確に楽しんでもらえたようで、何より。

(もしも内分泌を回っていたら、きっと、精神疾患はすべて内分泌疾患だ、という話をしていたかもしれない。その意味では、ややintellectual prostitutionの面もあるが、まあ、こんな法螺の一つも吹けなければ、実験をさぼって医学の勉強をしている甲斐がない、というものだ。)

まあ、嘘ばかりではない。実をいうとアルツハイマーだって、スピロヘータの感染巣が核になってプラークが形成される、という、昔からfloating aroundしているお話もあるし、そのほかだって。しかも、神経内科系・精神科系の慢性疾患の罹患率は長期的な上下や地域的なばらつきが激しいが、それは社会や気候の変化・製薬会社の陰謀にだけ、帰着できるものとは限らない。たとえば予防摂取率の上下によって自己免疫疾患系神経症の罹患率が変化している、なんていう疫学結果がもしも出せたとしたら、疫学だけだってノーベル賞級である。

で小児科だからがんばって、カラフルなパワーポイントの雛形をつかったのだが、ある先生に言われたことは、「君はまじめな学生だから、無理してクレヨンとかそういう馬鹿みたいなことをしなくても、いいんじゃない?みんなそういう風にしているのは分かるし、きっと君は君でそういう風に頑張ってみたんだろうけれど、まあ子供だましならそれもしょうがないけれどね、学者は学者なりに胸を張って中身の勝負をすべきだと思うよ。」

おっしゃるとおり。

2009年2月11日水曜日

Pus doc

現在、小児感染症科をまわっているのだが、昨日回診の時、指導医曰く、「pus doc(ウミ先生)をやっていると、こういうの困るんだよね、と。」鼻水一つでコンサルトを出してくるような無責任な人のこと。

しかして、このpus doc。

Poop doc、ウンコ先生(消化器科)と似たような話だろう。そうしたら泌尿器とか腎臓はpiss doc(ションベン先生)なのだろうか?

2009年2月10日火曜日

In the beginning, there was an egg and a sperm...

指導医曰く、
「カルテのノートには二種類ある。トルストイと、電信と。」

複雑な床例でよくわからないときには、それこそトルストイのように事細かな長編ノートを書かなければならない。でも通常の床例では、いかに簡潔に、言葉を省きながら重要事項を伝えるかが肝心。

「医学生は大抵、どんな患者でもトルストイになりがちなんだよね。」

でも、場合によっては本当に、創世記ではないが、卵と精子から始めるべきことだってある。たとえば、人工授精の子供で網膜芽細胞腫(retinoblastoma)が多いとかいうような話は有名だが、これから人工授精の子供がどんどん大きくなって行くにつれ、いろいろな成人型の腫瘍が問題になってくると考えられる。(「卵の採取の際に母胎が受けるホルモン療法が、欄に悪影響を与える」、という話に今のところはなっているようだ)

だから真の意味で医学者たろうと思ったら、ときとしてトルストイになることも、必要なのである。

2009年2月7日土曜日

元気な赤ちゃん

「胎動が激しくて、胎児が母親をとても盛んに蹴って困る」、という場合のはっきり同定できる鑑別の上の方に、「胎内での禁断症状」があるそうだ。お母さんがドラッグをしていて、しばらくせずにいると、母親より先に胎児が禁断症状を引き起こす...

恐ろしい国(街?)だ...

2009年2月5日木曜日

2人目以降

最近大学病院では胎内CMVの赤ちゃんが立て続けに何人もNICU(新生児集中治療室)にかかっているらしい。現在小児感染症コンサルトの回診に参加しているのだが、4年生がそのCMV新生児の一人をプレゼンしていたら、指導医が、「この子何人目?」と聞いた。「G2P2(2回妊娠、2回出産)、2人目です」というと、指導医は、「そうなのよ、大抵CMVは2人目以降、つまり上の子がどこから持って帰ってきて、それが母親の一次感染源になったりするんですよ」と。

こういうのは教科書を見てもなかなか書いていないが、有機体としての病気の、一面である。だから、病気の研究をするのであれば臨床経験は欠かせない。幸い、脳の病気は基本的には基礎研究・生理学の手には負えないものばかりだから、その点、あまり心配はないような気はするのだが。



そういえばNICU。小児感染症チームに配属になって初めて立ち入ったが、熱帯雨林とか東南アジアのように、蒸し暑くしてある。そのなかにジャングルのように機械が並んでいる。大きな機械、小さな赤ちゃん。外来では健康な新生児をたくさんみることができたが、小この子たちは様子が違う。より、有袋類などの早生動物の赤ちゃんに近い。まあ、発生学上、当然といえば当然だが。

早生児や奇形児、そのほか、どこまで積極的に治療するか、というのは、実に難しい選択である。「見捨てろ」という人もいないし、「何でもよいから管だらけの針刺し状態にして心臓だけは鼓動を続けるように維持せよ」という人もいない。でも、その両極端の間のグレーが、とてつもなく、広いのだ。

2009年2月3日火曜日

中耳炎

外部病院の回診。時々地域の退職した小児科医たちが、回診に参加する。である日、中耳炎が話題になった。「この時期子供が救急に行くと、たいてい中耳炎ということで抗生物質をもらって帰ってくるんだよね」と。特に小児科や小児救急ではなく、一般救急医が子供もみるような病院に、多いらしい。「子供の感覚がない人は、何か抗生物質を出しておかないと、不安なんだろうね。」「まあ、抗生物質さえ出しておけば、救急から追い払って大丈夫だと、勘違いしている節もあるし。」

泣き声

外来を終えて、今日からまた、大学病院に復帰。

朝病棟を歩いていると、かぼそいけれども空気を切り裂く、薬缶の笛のような鳴き声がしてきて、瞬時に、3週間前に盲腸炎できていた女の子を思い出した。そして、入院チームのsign-out(チーム患者の一覧)をみると、見事、その子がいるではないか。

その子、どうも普通の盲腸炎ではなかったらしい。僕がいたときにはperfはしていたものの一応内視鏡手術も無事終えて、収束に向かっていた。でも、回診で触診させてくれない。聴診器を乗せただけで、例のか細い笛のような鳴き声を発して、看護婦さん・お母さんといっしょに、困っていた。何も聞こえやしない。僕は僕なりにprogress noteも書かなきゃならないし、ナースステーションからシールなんかをとってきてそれで釣ろうと努力などもしたが、腹部は触らせてくれない。触診しようにも、腹筋をリラックスしてくれないと、どうにもならない。

内視鏡手術はたいてい、様子が落ち着いたらすぐ退院。熱などもないのだが様子がおかしいから、退院を引きずらせる方向で何日かプレゼンしたり努力したのだが、チーム交替で外病院の外来にいってしまってからは、結局どうなったのかは知らなかった。でも、声だけは、覚えている。

いったん出て、また戻ってきたらしい。

2009年2月2日月曜日

あの人、使えない

人を見て色々と学ぶことは多い。看護婦さんとか、ソシアルワーカーとか、「あの人使えないのよね」みたいなことを、ぽろっと漏らしたりすることが、時々ある。確かに過労でいると、使えない人が職場にいるのは困るのだろう。でも、これはもしかしたら、口外してはいけないことなのではないか、という気がする。

もちろん、上司にはそのことを陰に陽に伝えねばならない。でも、外にはそれを見せないのが、プロなのだろう。

2009年2月1日日曜日

社会の礎

外部病院での外来実習中、Grand Roundsで、Every Child Matters教育財団の方が講演をしていた。今回の景気刺激策だが、銀行の尻ぬぐいもよいが、将来の人材たる子供に投資してはどうか、というのだ。何でもアメリカは世界人口の5%なのに、世界の囚人の25%はアメリカの牢獄にいるらしい。そしてその囚人には多くの場合、子供がいるのだという。
  • 健康保険 無保険の子供... 800万人
  • 虐待を受けている子供... 300万人
  • 親が牢獄に入っている子供... 200万人
  • 貧困水準以下の子供... 1300万人

こうして、犯罪層・貧困層は再生産されてゆくのだ、この悪循環を断ち切らないと、社会はどうしようもない、とその活動家はいう。もう、どうしようもないのかもしれない。社会の基盤がなっていないとはこのことだ。この国は、やはり、終わっているのかもしれない。

2009年1月28日水曜日

小児科preliminary year

研究が本命。でも、医師免許はいろいろな事情からあった方がよい。アメリカだと大学4年卒業してメディカルスクールさらに4年(研究医課程だと7,8年)だが、学位MDは別として、医師免許を取得するためには、さらに最低限1年間の研修が必要となる。つまりアメリカの医科大学院は、実質大学卒業後5年間の課程、ということになる。

研究などほかの方面に進む予定で免許だけ取りたい、という場合は通常、内科のpreliminary yearという一年間限りの研修(インターン)をやる。(一般内科医として認定を受けるためにはさらに2年、専門内科医として認定を受けるためにはその上さらに3年くらい研修が必要である)。まあ、外科のpreliminary yearや、いろいろな科をまわるtransitionalと呼ばれる一年もあるにはあるのだが。

で最近、小児科が楽しくてしょうがないし、他人とコミュニケーションをとるのが苦手な僕としては、内科より小児科の方が絶対に向いているような気がしてならない。また、科学的にも、小児科の方がおもしろい。というのは、何十年もの残渣がつもって起きる内科系の慢性病なんていうのは、一般的にいうと、そう簡単に実験系に落とし込むことはできない。癌みたいな大人と子供と両方起きる疾患だって、小児癌の方が総じて純粋な形で露見する。あと誤解を恐れずにはっきり言ってしまうと、大人までなかなか生き残れないような奇病だって、小児科なら世話をすることがある。そして、罪深い大人の騙し合いにも発展しかねない内科診療とは違い、少なくとも子供には、罪は、ない。

だから、もしも科学者として生き残れなかったら、小児科だろうと思う。でなければ、老人科ないしは腫瘍内科。死にゆく人も総じて、原罪のみの原初の形に回帰する。



ちょっと調べたら、数は少ないが、小児科のpreliminary yearというのも、あるらしい。すると、小児科に暮らしながら免許が取得でき、先々臨床(小児科)に戻ろうということになっても都合がよい。ただし、全米でポジションの総数は20足らず。研究が盛んなような病院(大学)に限っていうと、片手に収まってしまう。

だから今日はうちの大学の小児科の研修部長に話を聞きに行った。で、今までの成績とか履歴を見せたら、たしかにポジションの数は少ないが、そのポジションを目指す人も少ないわけで、このままいけば十分可能性があるような回答だった。だから、これからは「what do you want to go into?」と聞かれたら、迷わず、「peds preliminary year」と答えることとしよう。珍しいコースなので話のネタにもなるし、すかさず研究医課程の特待生であることをさりげなくintroduceするきっかけでもある(10中8,9、MD/PhD課程の学生だとわかると、指導医でも研修医でも、皆リスペクトというか丁寧さが変わる)。あと、小児科は総じて病院の中では下にみられがちだが、内心どこかでは皆、尊敬している気もする。

だけれども、免許だけ取得して、何年か研究をした後にまた小児科の研修に戻ろうとすると、それはそれで大変らしい。小児科というのは基本的には、2年目からの研修というのがなく、3年一環の教育が主流なのだ。また研修中の人の流動も少ない科なのだそうだ。そのうえ、臨床にギャップがあることは、好まれないという。ギャップなく、というと研修の1年目からやり直す、という手もありそうだが、そうすると政府からの研修補助金が余計な1年分は出ないため、金銭的に受け入れてくれる病院は少なかろう、と研修部長はいう。

ただ研修を完了して認定医でなくても、政府機関や国際機関で働く場合は、免許の有無だけで全然待遇が違うそうだ。そういう可能性については、全く考えていなかったので、とても参考になった。

まあ、とても親切な方でいろいろ教えていただいたので、とても充実したmeetingであった。

2009年1月26日月曜日

下背部痛

中学生の下背部痛。内科外来の一ヶ月、暈関連施設にいたこともあって3人に1人は下背部痛だったので、内心、「よ・ゆ・う~!」

で、まあ心血管はないだろうし、髄膜炎や泌尿器も症状があわないし、ankylosing spondylitisとかそういう類のもちょっと幼すぎるし家族歴もない。モトクロスをするというからせいぜいが何かの具合でごく軽度のspondylolysthesisとかのmuskuloskeletalが有力、変わり種としては足の方もちょっとチクチクというし肥満体型だからせいぜい小児糖尿病の神経痛?、くらいの鑑別のつもりで必要なH&Pで裏付けを取って、内心「あとはばっちり、はんこだけ押してください」のつもりでS、O、A/Pとプレゼンしたら、白血病などのneoplasmも鑑別の上位に入れなきゃいけないのだそうだ。まあ、lethargyはないなどいった典型的な症状は型どおり聞いてはあったのだが、あまりまじめには考えていなかった。あと、虐待を受けている様子があるかどうか。

で指導医と一緒に戻って、よくよく聞き出すと、下背部だけではなく腰の骨も痛いらしい。歩いてもらうと若干claudicationがあるように見えなくもない。これも、甘く見てちゃんと所見をとっていなかった。小児の下背部痛は稀なので、結構気を遣うのだ、と教えてもらった。

問題ないといいのだが、A/PにはもちろんCBCなどを加えることになった。なるほど、同じ下背部痛でも、小児科だとこうも違ったflavorになるのだ。よいteaching caseであった。