2008年9月25日木曜日

チームの年齢構成

内科の現在のチームは、レジデントが27歳。インターンは28歳。もう一人の学生も28歳。僕は29歳になったばかり。逆ピラミッドの、まったく変な話だ。

ジョークでドクターと呼ばれたり。まあ確かに博士だからドクターなのではある。まあそんなこんなで、人手が足りなくて忙しくしているが、和気藹々と毎日やっている。

2008年9月23日火曜日

カルテ研究の難題

保険が降りるように相当幅を持って診断などは記載されていたり。これではカルテ研究にはならない。

If you haven't been sued, you will

ある朝、カルテ記載の略語に関するミニ講義後、指導医いわく。「まだ医療過誤訴訟を起こされていなければね、そのうち回ってくるから」

Suicide by cop

警察官を挑発して、射殺される、という自殺方法。

2008年9月22日月曜日

Harveyとその弟子たち

今日は学年全体の大講義があった。ASによるCHFの症例検討会だったのだが、大教授たちが何人も参加していた。その大教授たちはみな、先年亡くなった心臓(特に心音診断)の大家、Proctor Harveyの弟子たちである。この人、半世紀以上にわたってGeorgetownの名物教授。患者・学生などに対して、人柄がよいので有名だった。弟子たちはみな相当思い入れがあるらしい。

今の同級生たちは、Harveyの講義は受けていないらしいのだが、4年前に1,2年をやったときは、physical diagonsisの心臓と、生理学も教えていた気がする。授業中に心音のCDをかけて、「これが即座に診断できなくちゃね、外科だろうが精神科だろうが、医者を名乗る資格はないよ」とかいっていたような気がする。これはきっと、研究医を目指す僕にも当たる言葉のような気がする。何についても、一通り知っているのが、医者なのだから。

で授業の最後に、今年末に刊行される心音と心臓病の診察に関するHarveyの遺書の抜き刷りと、その本の付録である、数限りない心音を録音・解説したDVDが配られた。

Harvey型聴診器

LibriumとLithium

(著注:本ブログは多分に脚色を含み、詳細は、現実の症例やできごととは対応しない。)

精神科志望のAI(4年生インターン)。大手柄であった。

重度のアルコール依存症で、withdrawalで入ってきた患者だが、本来は内科に入院すべきなのに、他の合併精神疾患で精神科入院病棟の常連さんなので、ERは精神科病棟に送ってきた。アルコールのwithdrawalは、場合によっては致死性である。

で、AIが何度掛け合っても、指導医同士で掛け合っても、内科はコンサルトだけして、引き取ろうとはしない。「そんなにたいしたことはない。Librium(chlordiazepoxide)をやっとけば大丈夫。」の一本やり。通常量の倍近いLibriumでやっと症状が治まっているにもかかわらず。コンサルトもお粗末で、カルテでLibriumとLithiumを書き間違えたり(いや確かに、Lithiumも服用しているのだが)、ひどいものだった。

3日目。多分何もでないけれど、と、念のためにAIが血液検査を取ったら、入院時は正常であったALT/ASTが800。内科であわてて引き取っていった。毎日患者を見ているこっちのチームのほうが、重篤度についてはよく判断できるに決まっているのだが、この内科チームはきっと、精神科を医者とは見ていないのだろう。

その後、コンピュータで毎日その患者の予後を見守っていたのだが、原因不明の肝機能障害で酵素はさらにうなぎのぼり。内科の言うとおりLibriumを処方して退院させていたら、大変なことになっていただろう。

来年の今頃、これほどにまで、患者のケアについて貢献できているのだろうか。

Is Ms. B a Mouse?

チームのAI(4年生インターン)。一生懸命患者の治療に関連した科学論文を調べてきたのだが、「is Ms.B a mouse?」と一蹴されてしまった。指導医は冗談で言ったのだが、ことの本質を実についている。特に脳はそうだが、他の臓器についても実は、同じことが言える。

あと、指導医が言うには、「糖尿病の基準などと、DSMの精神病の基準は、基本的には同じこと。治療方針を決める上で、ある線を引いて患者を分類しなければならないのだが、その基準である。ただDSMの場合は評価基準が主観的になるだけで、本質的な相対性については内科の診断基準と大差ない」

確かに検査とかも病院やとる人の出来不出来によって変わってくることも考え合わせると、そのとおりではある。

2008年9月20日土曜日

Podría morir...

...あんた死ぬかもしれないよ

いやまあ、文字通りなんだけれども、教養ではこんないいまわし、さすがに登場しなかったな。ということで一生懸命、「医療従事者のためのスペイン語」というCDをMP3プレヤーに入れて、通勤中に練習している。本当はドイツ語の方がやばいのだが。


ある病院で産婦人科をやると、患者の大半が英語を話さない移民らしい。少しくらいできないと病歴も全くとれないよ... と同級生から聞きつけて、また少し、スペイン語でも復習してみようかというわけ。なんたるサービス精神。でも、やることの数を少し削減しないと、パンクしちゃいますね。

科学と医学

ずっと考えていることだが、試験勉強をしながらいろいろ考えた結果、基礎研究と医学の根源的な相違点が、少しはっきりした気がする。



極端に煎じ詰めると、科学というのは、結果は実をいうとどうでもよいのである。もちろん、生物やら物質やらの真理についてわかった気がするのは大変結構なことだが、それが本質的な目標ではない。ことの本質は逆に、「分からない」という状態と、その状態への対処法なのである。

たとえば、「視覚野の細胞はこれこれしかじかの刺激を受けると、これこれしかじかの反応をする」といったstatement自体は、実をいうと生理学の本質ではない。というのも、このstatementは実に多くの前提を含んでいるのだ。たとえば、どの動物種・亜種・個体を用いたか、麻酔下であるか、麻酔の有無にかかわらず記録時の睡眠サイクル、与えた刺激の詳細、刺激した際の瞳孔の状態、体温、性別、月経周期、ストレス反応などなど。あるいは、電極の種類や電極を刺す方向によっても、見つかる細胞種や記録される信号には、いろいろなバイアスがかかってくる。たとえば、「視覚野の神経細胞」と電気生理学者が言った場合は通常、大きめの錐体細胞のうち、記録条件下である程度の自発発火を有するものを指す。電極を単に刺していって探すと、そういう細胞が圧倒的に多く、捕まるからである。

この「いろいろ複雑な条件がありすぎてよくわからない」という状態への対処法が、科学の本質であろう。場合によっては実験計画を工夫することによって、あるいは場合によっては実験条件によらない因子を使っていろいろな単純かを試みつつ、仮構たるストーリーを構成する営みこそが、科学なのである。抗癌薬が発見されたり、そういうのは、ラッキーで実用的ではあっても、科学の本質ではない。



また極端に煎じ詰めると、医学というのは、結果以外は実をいうとどうでもよいのである。もちろん、生理学や薬理学の原理にかなった考え方をした方が、完全なる出鱈目よりも結果につながりやすいことは間違いないのだろうけれども、仮に仕組みはよくわからないけれどもある状況下で「治る」薬があれば、仕組みは二の次なのである。極端な例、精神科の薬なんて、大局的にみればすべてこの部類である。個体レベルで総括的に仕組みの説明できる向精神薬など、一つもないのだ。それだって、治るものは治るので、それはそれでよい。

精神科に限った話では、決してない。たとえば、アメリカ東部の郊外白人男性を対象とした心臓病研究が、どれほど、日本女性に適応できるかは、実をいうと、注意深い吟味の対象たるべきなのである。でも、それは、「研究が足りない。だから日本女性を対象とした同様の治験もしよう。」という短絡思考でおさまる問題ではない。人間が研究室のラットたちのように均質ではないところに、その問題の根源があるわけで(近親交配ラットだって多様な面もあるのだが)、まして気の遠くなるほど交絡因子を有するヒト個人を対象とする限り、根本からいうと、頭でっかちの単純化をとおして解消できる問題では、決してないのだ。100万人を対象に治験を行っても、100万と1人目の人も、治療しなくてはならない。



仮に試験でたとえれば、A-Eのうち、「もっとも適切と考えられるものを選べ」というのが医学、かならず一つの真理に到達しなければならない。一方、「A-Eのそれぞれの真偽について多角的に検討せよ」というのが科学なのだろう、真理が一様であるとは限らない。

手元にあるエビデンスに照らし続けるにせよ、「最終的に何をするのかという決断」、つまり見切り発車こそが、医学の本質である。ところが、いろいろなエビデンスをいつまでも集め続けて、「ああでもないこうでもない」と結論を引き延ばすことこそ、科学の本質である。



ある研究医の中国人友人は、中国では、医者を大工に喩えるのだという。その状況その状況で、もっとも適切な棚なら棚を時間内にこしらえるのが、その職人技。もちろん棚の出来不出来は腕により異なるが、使える棚ができることが、一番の要請である。

そのたとえでいけば、科学はもっと前衛芸術のようなものなのであろう。使えるものができるかどうかは、はっきり言って、どうでもよいのだ。いつになったら完成するのかわからないそのオブジェの全体像が、人間の美感にかなっていることこそ、重要である。

2008年9月19日金曜日

精神科入院病棟 最終日

チーフレジデントが、ベーグルとコーヒーを買ってきて、病棟チームみんなで朝の引き継ぎ前に朝食パーティー。とっても充実した一ヶ月であったし、色々学ぶことができた。また、教室で精神科の授業を受けるのと違い、目の前に患者がいて、薬を出したりしていて、やっと精神科では何をやっているのか、わかってきた気がする。その意味では、学習目標達成といってよかろう。あとは、試験。

2008年9月18日木曜日

Manic first break ambulatory EEG

catch gradual process of mood stabilization and sleep

2008年9月17日水曜日

Personality disorders

患者と接することの多い病棟スタッフは、瞬時にpersonality disorderやtraitを診断することができる。きっと町中を歩いていても、そんなことがいつも頭をよぎったりするのではないだろうか。

だから学生とかも瞬間的に好かれたり嫌われたりするのだろうか。

Hepatic encephalopathy

昼夜逆転

2008年9月16日火曜日

Self-pleasure mode

On callのポケベルは、一番うるさい着信音に設定してある。ある忙しい日に、鳴り続けていてとうとう頭にきたレジデントが、チーフレジデントに向かって、「これ、いつもうるさいわよね。ねえ、self-pleasure modeに変えちゃだめ?」だって。ヴァイブ設定のこと... 精神科の入院病棟チームは今、完全に男一人なので、時々、まるで女子校の教室にぽつりと一人座っているような気分になる。

あと、いろいろなポケベルのメロディーにそれぞれ、お下品な替え歌があるらしい。内科のインターンでポケベルに追われて当直をしていると、そういう替え歌が頭に浮かぶのだそうだ。

ニューヨークあたりはいま...

アメリカ経済(国際経済?)は倒壊の瀬戸際をうろうろしているが、今日病棟で投資銀行の人たちが話題になった。

「あら、大学の同級生でもいたわ、投資銀行に勤めるんだといって浮かれていた人。」
「今頃になってみんな首だわ~!」
「医者は10年近くもトレーニングが必要な割には給料も高くないし、勤務も厳しいけれど、職業の安定としてはやっぱり一番かもしれないわね。」
「今頃、ニューヨークあたりの精神科はこれから大変じゃないかしら?Lehmanとかに勤めていたnarcissistたちがみんな一斉に鬱とかになるでしょうから。」

これ、このままいくと、ニューヨークに限った問題で収まるかは、まったく不明ではあるが。

そういえば、時事的な発症とか、時期的な発症とかはよくあるみたい。たとえば僕らの精神科の一ヶ月はちょうど8月末から9月末で、ちょうど新学期にあたった。だから、躁のfirst breakの症例もいくつか見ることができた。あと、開業精神科医は8月あたりに休暇をとることが多く、普段の精神科治療が途切れてしまったことから悪化して入院する患者も何人か、いた。

FD12

常連患者。極端な人格障害で、地域中の精神科病棟を遍歴して暮らしている、という意味では悲劇的でもある。「テディーベア兆候」陽性(人格障害に伴う子供帰りというか、人格形成不全というか)。もう何10回も入院していて、前回は二ヶ月近く居座ったという。Suicidal ideationさえ示せば、いつまでも居座れることを知っている。もっとも、すでに何回も相当深刻な自殺未遂を行っているので、冗談とばかりにはいかない。

でもさすがに病棟のルールを取り締まろうとするスタッフを蹴ったり、相手にしてもらえないからと朝から晩まで阿鼻叫喚して病棟のほかの患者の精神衛生を乱したりすると、チーフレジデントが黙ってはいない。容赦なく、あっけなく、FD12という強制入院手続きを済ませて、securityの守衛さんたちによって担架に括り付けられて、haldolを打たれて、地域の精神科強制入院病棟を有する病院に送られていった。

チーフレジデントによると、ありとあらゆる境界性人格のなかでも、もっともひどいという。日がな大声で嗚咽が聞こえてくるのは、いかにも「精神科入院病棟」といった1日半ではあったが、病棟中みんなぴりぴりしていて、いやだった。

納豆

納豆の朝食はおいしくて体にもよいが、ちょっと控えた方がよさそうだ。今日は一日中、朝の歯磨きにもかかわらず、口から枯草菌のにおいが。一生懸命ガムを噛んだり、うがいをしたりしていたのだが、口に納豆味ガムの感覚が残る。

2008年9月15日月曜日

ラッキー

来週からの内科チーム割り当てが発表になった。また別の、同級生レジデントになりそうだ。あと、精神科の入院病棟で今も一緒の美人同級生と二人でチームに配属。

Manic episodes and sleep

What about the manic brain state allows homeostasis with less sleep?

2008年9月14日日曜日

Autism and lateralization

Physically, autistic children have a variety of soft neurological signs and primitive reflexes, an excess of non-right-handedness, and an apparent failure to achieve normal cerebral dominance of language functions in the left hemisphere.

Myelination disorder.