2010年1月26日火曜日

He'll be an excellent doctor...

...と退院していった患者さんが言ったそうな。「私もそう思うわよ」と看護婦さん。

これで、5人目。

よっぽど芝居がうまいのかも知れない。

2010年1月17日日曜日

Help

内科acting intern。すごいプレッシャーの上に、さらに、チームのレジデントが頼りない。2週間完了、折り返し地点を過ぎた。

まあ、trial by fireというやつだろうが、胃潰瘍になりそうだ。こういうときに顔見知りの看護婦さんが頼りになる。出来る熟練看護婦さんは、日々インターンレベルで対応すべきことについて、何が起きるべきかを完全に熟知しているので、わからないことを聞けば、教えてくれたりする。病院のポリシーや病棟のポリシー、日々の患者管理などは、本にきちんと書いてあることではないので、上がどうしょうもないと学ぶのが難しい。ああ、○○さんは○○はあまり効かないのよ、とか、常連患者に関してはとてもとてもよく知っていたりもする。

2009年12月15日火曜日

CTをとると癌になる

無害な検査などない。特にX線をたくさんあてるCTなんて、当然、癌のリスクにつながる。もちろん、CTによる診断で得られる効用のほうがどう考えても大きい場合もあるが、そういった複雑な臨床的判断の全体像は、なかなか数字にはしにくい。統計というやつは、複雑に交錯する非線形な「ファジー」には、基本的には対応できないのだ。

日常にしても、医療現場にしても、常識が通じない社会。それがアメリカ式なのだ。インパクトファクターの高いジャーナルで取り上げられてはじめて、大騒ぎ。ハリウッドの追星と、一緒。

2009年12月8日火曜日

2009年12月4日金曜日

Babinski

Myelination? ???

2009年12月2日水曜日

AI

Acting Intern、インターン代行。メディカルスクール4年次の学生は、こう呼ばれる。そして事実上、インターンとして機能することになっている。学校によって、この建前の遵守度は違うようだが、Georgetownは臨床教育が厳しいので有名らしく、本当に、インターンのように、働かせられる。もちろん、免許はまだ取得していないので、オーダーなどはすべてシニアレジデントにcosignしてもらう。でも、書類や患者に対する説明や日々の雑多な医療行為など、特に力のあるシニアレジデントのチームにいると、監視下でうまく泳がせてもらえる。

ドイツから帰ってきて、AI初日。3年生気分の持ち越しで、受け持ち患者について「Do you want to put XXX on YYY?」とシニアに質問したら、「How should I know? You're his doctor!」だって。病院や病気の様子など一通り見えてきて、気を抜きたくなった瞬間に、もう一段と責任を取らせられる。医学教育というのは、そういうものらしい。



「I'm going to put XXX on YYY for ZZZ because AAA. 」といって、オーダーをサインしてもらうのが、正しい。その論理が間違っていれば、その時点で、「No, you should use BBB because CCC.」となる。

検査は鼻くそのようなもの...

今週は、小児科部長がチームの指導医。朝の教授回診で何を言い出すかと思ったら、

...穿る前に、出てきたものをどう処理するかの準備が必要です

だそうだ。まあ、まったく血液・腫瘍・感染症などまず関係のない、その点では健康な子が、誰かが気軽にオーダーした血算で白血球が高めで、どうしようかという相談だったのだが、「これでまたさらに根掘り葉掘り検査をはじめなければならなくなるでしょ」とのこと。



患者さんは通常、検査はよいものとばかり思っている。まあお金がかかるから、という心配を除いては。でも偽陽性や、検査に伴うリスクなどを考え合わせると、それはとんだ誤解である。必要のない検査は、ごく限られたスクリーニング検査を除いては、悪なのである。必要悪ではあっても、よいものでは、決してない。まったく侵襲性のない医療行為というのは存在しないわけで、極端な話、たとえば、病院に一歩踏み入れた瞬間から、感染リスクがなどが始まるのだ。

2009年11月15日日曜日

嵐の前?

3ヶ月のドイツでの研究員生活を終え、また病棟に。思うところはいろいろあって書ききれないのですが、とりあえずは来夏の卒業に向けて、ラストスパートといったところでしょうか。研究も仕事がたくさんたまっていて、本当は病院どころではないのですが。

で明日の朝から始まる小児科病棟に備えて、今日は日曜の朝のroundsに参加してきた。

久しぶりの病院。つい半年前は口をついて出てきたいろいろな知識が、脳みその奥深くに眠ってしまっている。果たしてよみがえるか。そして4年次の病棟は、免許こそはないからオーダーはレジデントたちに署名はしてもらうけれども、それ以外はほとんどインターンと同等の仕事をすることが求められるので、果たして大丈夫であろうか。

忙しい中いろいろと考えたり悩んだりすることも多いはずなので、まあ、差し支えのない部分については現在進行形でこの場に日記することを、今月の、目標とします。

2009年9月25日金曜日

大教授

また例によってコーヒールームで大教授・所長と雑談。運良く医学部卒業後にアメリカでやった研究が大当たりして、31歳でC4(正教授)の職を手にしたのだそうだ。Habilitationもしないうちに、臨床研修も終えないうちに、異例の大抜擢であった。

「まあでも私は奇跡的にに運がよかったので、それをキャリアの参考にするのは無理というもの。君も、来年までにC4のオファーがなければ、研修して医師免許くらいとっといた方がいいかもしれんぞ、ワッハッハ。」でも、研究所に戻ってくるたびに、研究がますます、おもしろくてしょうがない。ボスとの関係、同僚との関係、プロジェクトの進展、どれも理想的に近いという、悩みどころだ。まあ、今考えてもしょうがないことではあるが。

2009年9月23日水曜日

2009年8月13日木曜日

近況

無事、Medical Schoolの3年(MD/PhD7年)は修了して、研究「実習」で3ヶ月、ドイツに来ています。

MS-3の最後の方はいろいろ考え事が多くて、ブログもほとんどしていませんでした。研修をするか、しないか。まあだいたい、案件はそこにつきるのですが、結論としては... 卒業後一年間はドイツで研究員の任期を果たしてのち、2011年の夏から1年間は研修をして、免許までは取得することになりそうです。その後は研究一筋のつもりですが、先々状況が変われば、また2年目以降の研修を継続すればいいようなわけです。

免許取得後はまたドイツに戻ってくるオプションが濃厚でしょうか。ドイツの国家試験をとってこっちで研究重視の臨床研修をしたりとか、そんなことまで含めて考えていると、本当に泥沼の考え事で、とにかく悶々とまとまらずにおりました。特にここ数ヶ月、なんだかいろいろな知識が一段と使いこなせるようになってきて、楽しくて楽しくて、それもあって臨床に関しても後ろ髪を引かれる思いが、ことを複雑にしているのだと思います。でも、一流の研究者と一流の上医の両方を目指して、「どちらも二流、あわせて1.5流」、みたいな典型的パターンには陥りたくないし、僕自身複数のことをこなす器用さはないのでとくに危険を感じます。

あと、この先アメリカの医療の崩壊は、今以上に極端な形で進んでいくことが、ほぼ間違いなさそうな世情です。病人の面倒をみるというのは、基本的には金にならない営み。でもアメリカではその「医療」が収益事業であるという倒錯が根強く、それが変わらない限りは、何も改善されない気がするのです。一例を挙げると、先進国はどこもおしなべて医療費の5%程度が事務諸経費に充てられていますが、アメリカでは医療費のなんと1/3が<保険会社の株主>やら、<宣伝広告費>やら、<保険申請の却下をすべく患者(顧客)のカルテの誤記事項などを監査する部署>やらに、消えていっているのです。現状ですら、アメリカで医療に携わることに関しては相当な責任だと感じます。研修中などであれば惨状を無視してもいられるのでしょうけれど、一端見えてしまった世界に目をつぶるのは、難しそうです。

まあ、ブランクの期間のブログについては、メモは残してあるので、ドイツにいる間に少しは遡って書けるかもしれません。

2009年7月15日水曜日

採血

アメリカの医師は、通常は採血など、しない。病院では看護婦や採血技師がやるし、診療所では検査部または外部の検査機関への斡旋となる。でも研修医の時には、夜中とかに看護婦がとれなかったりした場合に、呼ばれたりする。熟練看護婦ができない採血を普段練習していない研修医ができる、というのは、これは基本的にはクレージーである。

まあそれはそうと、研究の現場ではいろいろできた方がよいわけで、動物の採血をしなければならないこともあるだろうし、第一秋には「研修医研修(acting internship, sub-internship)」と称してほとんどインターンの仕事をする月が2ヶ月も入っているので、採血くらいは上手な方がよい。

で、昨日はクリニックの検査部で採血を練習させてもらった。採血なんてきっと、MS-2年生のころの5年前以来であろう。まあみな健康な人ばかりで簡単は簡単、暈人だから泰然自若のひとがほとんどなのだが、中にはこわいひとも。あと、ある人なんかは、ジョークだったのだが、こちらの緊張状態を見抜いてか「I'm carrying a gun, you know」といって笑っていた。まあでも、「projecting confidence」というのか、まあつまりは翻訳すると「はったり」とかいうやつだが、芝居はだいぶうまくなった気がする。

2009年7月13日月曜日

Shit

今日もまた直腸鏡、クローン病関連の痔瘻。結構派手な炎症というか肉芽腫というかで、覗いた大先生は聞こえるか聞こえないかの声でひとこと「shit」。まあ、「クソ」というわけだが、直腸鏡をのぞいているので、たしかにliterallyに「糞」である。つい、吹き出しそうになってしまった。患者が向こうを向いて伏せていたのが幸い。

2009年7月7日火曜日

直腸鏡

カルテを打ち込んでいたら、消化器内科医でもある大差先生が寄ってきて、「ちょっとおいで」と。クリニックの処置室に連れられていくと、「こちらDr. Takagaki、今日は彼が直腸検査をしますからね。」まあ、若干詐欺混じりだが、確かにドクターはドクターなので、間違いはない。

俯せになっている患者を尻目(?)に触診からはじめて、身振り手振りによってあっけなく、はじめての直腸検査ができてしまった。以前から不思議に思っていたのだが、確かにこれだったら19世紀技術で十分可能である。大腸ガンは出口直前に発生することも多いのだが、体感してみて初めて検査の意味がわかった気がする。医学というのはこういう小さな体験の積み重ねによって初めて、全体像が見えてくるものなのだろう。

で大差先生も時々横からのぞきながら、無事、正常な直腸が確認できたのだが、患者は結構派手な血便 x1の愁訴だったので、まだ奥に何かあると考えられる。「今週中にまた、スコープするからね」と。

スコープは上からも下からも何度か入れたことはあるのだが、また頭の中で復習しておかないと、いろいろ教えてくださる先生にも、患者さんにも申し訳ない。

2009年7月4日土曜日

家庭医療

家庭医療の外来実習、1ヶ月。制度的に家庭医療が専門科として設定されたのは1969年と最近であるが、本来、近代アメリカの医療の原点はこの家庭医療にある。つまり医学部卒業後1年間インターンとして研修し、その時点で一般医として産科・小児科・内科・ちょっとした外科など全般を行うべく、開業する。

で、今回の家庭医療実習は願い出て、去年の初冬に内科外来実習で一ヶ月配属になっていた暈関連のクリニックにまた置いてもらうことになった。残念ながら、前回主についていたお婆さん中イ左はアフガンに短期派遣されて留守だが、よく面倒をみてくださった指揮管大イ左などは「やあやあ、よくまた来てくれた。」と本当に嬉しそうに迎えてくださった。



で半年以上前とまったく同じ環境で患者さんと接していると、この1年間で、実にいろいろと身についていることがよく実感できる。

学生の実習形態としては、だいたい僕が最初に一通り患者の話を聞いて診察して、「まあ○○の感じです。では指導医を呼んできますね。おそらく、○○など、薬をお出しすることになると思いますよ。ちょっとお待ちください。」といって奥に下がる。そこで、一緒にやっている指導医に30秒程度の簡略なSOAPプレゼン、場合によってはプレゼンしなかった所見やプランの部分についてちょっとdiscussionしてから、また診察室に戻って場合によっては指導医が重要所見をとりなおし、二人で患者に説明しておしまい。

今回主につくことになっているおばさん指導委は、子育てのために退役してパートタイマーなのだが、そのこともあってか、実にのびのびと楽しそうに診療・教育を行う。たとえば、患者説明の段でいきなり話を振ってくる。「いろいろKentaと話し合った様子では、あなたはfibroid(子宮筋腫)のようですね。じゃあKenta、fibroidについてちょっと説明して差し上げて。」

そこで何のためらいもなく、病理・リスク因子・症状やnatural history・治療オプションについて、患者にわかりやすく話せるようになっている自分には、驚くばかりである。我ながら、関心。

constraining emergence

2009年6月23日火曜日

ビールとソーセージ

近所のスーパーでドイツ産のソーセージとドイツ産のヘフェヴァイツェン。まだ1ヶ月半、このあついワシントンで過ごさなければならないのだが、気持ちは早くもドイツでの3ヶ月の研究滞在しか頭にない。

10日間の夏休みだが、論文を読んだり物書きをしたり、毎日500-1000m泳いだり、もう絶好調である。苦しかった一年が終わって、一転してヨーロッパ流の悠々自適生活。

2009年6月21日日曜日

Third year修了

まあ正確に言うと、研究をしていた都合でまだ1ヶ月半、家庭医療と神経内科を回らなければならないのだが、まあ、外科を終えたわけで、Medical Schoolで一番大変な1年は終わったに等しい。久しぶりの休暇、10日間。一息つきながらTchaikovskyを聞いたり、積ん読になっていたいろいろな本をかじったり、ぶらぶら街を散歩して考えることしきり。

この半年で発見したこと:実をいうと、臨床は、嫌いではない。きっとそれなりの臨床家にも、なりうるような気はしてきた。でもそれ以上に、やっぱり研究の方が、好きである。研究のことを考えていない日々は、やはり、どこかで息苦しい。あと、現在のような高度専門化の元では、本質的に意味のある基礎研究と上質の医療を同時に行うことは、まず不可能といって差し支えない。少なくとも、僕には。

まあ卒後1年間の研修を経て免許だけは取ることになるだろう。その研修マッチの際の売り込みも考えなければならない。つまり、「1年きりのつもりのお客さんが、果たしてどれだけきちんと働くだろうか」という疑問に答えねばならないのだ。でもよく考えたら、この「臨床」という希有な体験があと、4年の研修前実習と、インターンの1年だけしか積めない、ということは、ある意味でその1年がより貴重であるという風にもとれる。その1年で、一生分の研究の糧を蓄え込まなければならない。そういう側面を提示できれば、研修プログラムもこちらの姿勢に納得を示さないとも、限らない。

Forgetting

Forgetting, not Memory
Fuzziness, not Rational Analyses

Schizophrenics are born in winter