また例によってコーヒールームで大教授・所長と雑談。運良く医学部卒業後にアメリカでやった研究が大当たりして、31歳でC4(正教授)の職を手にしたのだそうだ。Habilitationもしないうちに、臨床研修も終えないうちに、異例の大抜擢であった。
「まあでも私は奇跡的にに運がよかったので、それをキャリアの参考にするのは無理というもの。君も、来年までにC4のオファーがなければ、研修して医師免許くらいとっといた方がいいかもしれんぞ、ワッハッハ。」でも、研究所に戻ってくるたびに、研究がますます、おもしろくてしょうがない。ボスとの関係、同僚との関係、プロジェクトの進展、どれも理想的に近いという、悩みどころだ。まあ、今考えてもしょうがないことではあるが。
2009年9月25日金曜日
2009年9月23日水曜日
2009年8月13日木曜日
近況
無事、Medical Schoolの3年(MD/PhD7年)は修了して、研究「実習」で3ヶ月、ドイツに来ています。
MS-3の最後の方はいろいろ考え事が多くて、ブログもほとんどしていませんでした。研修をするか、しないか。まあだいたい、案件はそこにつきるのですが、結論としては... 卒業後一年間はドイツで研究員の任期を果たしてのち、2011年の夏から1年間は研修をして、免許までは取得することになりそうです。その後は研究一筋のつもりですが、先々状況が変われば、また2年目以降の研修を継続すればいいようなわけです。
免許取得後はまたドイツに戻ってくるオプションが濃厚でしょうか。ドイツの国家試験をとってこっちで研究重視の臨床研修をしたりとか、そんなことまで含めて考えていると、本当に泥沼の考え事で、とにかく悶々とまとまらずにおりました。特にここ数ヶ月、なんだかいろいろな知識が一段と使いこなせるようになってきて、楽しくて楽しくて、それもあって臨床に関しても後ろ髪を引かれる思いが、ことを複雑にしているのだと思います。でも、一流の研究者と一流の上医の両方を目指して、「どちらも二流、あわせて1.5流」、みたいな典型的パターンには陥りたくないし、僕自身複数のことをこなす器用さはないのでとくに危険を感じます。
あと、この先アメリカの医療の崩壊は、今以上に極端な形で進んでいくことが、ほぼ間違いなさそうな世情です。病人の面倒をみるというのは、基本的には金にならない営み。でもアメリカではその「医療」が収益事業であるという倒錯が根強く、それが変わらない限りは、何も改善されない気がするのです。一例を挙げると、先進国はどこもおしなべて医療費の5%程度が事務諸経費に充てられていますが、アメリカでは医療費のなんと1/3が<保険会社の株主>やら、<宣伝広告費>やら、<保険申請の却下をすべく患者(顧客)のカルテの誤記事項などを監査する部署>やらに、消えていっているのです。現状ですら、アメリカで医療に携わることに関しては相当な責任だと感じます。研修中などであれば惨状を無視してもいられるのでしょうけれど、一端見えてしまった世界に目をつぶるのは、難しそうです。
まあ、ブランクの期間のブログについては、メモは残してあるので、ドイツにいる間に少しは遡って書けるかもしれません。
MS-3の最後の方はいろいろ考え事が多くて、ブログもほとんどしていませんでした。研修をするか、しないか。まあだいたい、案件はそこにつきるのですが、結論としては... 卒業後一年間はドイツで研究員の任期を果たしてのち、2011年の夏から1年間は研修をして、免許までは取得することになりそうです。その後は研究一筋のつもりですが、先々状況が変われば、また2年目以降の研修を継続すればいいようなわけです。
免許取得後はまたドイツに戻ってくるオプションが濃厚でしょうか。ドイツの国家試験をとってこっちで研究重視の臨床研修をしたりとか、そんなことまで含めて考えていると、本当に泥沼の考え事で、とにかく悶々とまとまらずにおりました。特にここ数ヶ月、なんだかいろいろな知識が一段と使いこなせるようになってきて、楽しくて楽しくて、それもあって臨床に関しても後ろ髪を引かれる思いが、ことを複雑にしているのだと思います。でも、一流の研究者と一流の上医の両方を目指して、「どちらも二流、あわせて1.5流」、みたいな典型的パターンには陥りたくないし、僕自身複数のことをこなす器用さはないのでとくに危険を感じます。
あと、この先アメリカの医療の崩壊は、今以上に極端な形で進んでいくことが、ほぼ間違いなさそうな世情です。病人の面倒をみるというのは、基本的には金にならない営み。でもアメリカではその「医療」が収益事業であるという倒錯が根強く、それが変わらない限りは、何も改善されない気がするのです。一例を挙げると、先進国はどこもおしなべて医療費の5%程度が事務諸経費に充てられていますが、アメリカでは医療費のなんと1/3が<保険会社の株主>やら、<宣伝広告費>やら、<保険申請の却下をすべく患者(顧客)のカルテの誤記事項などを監査する部署>やらに、消えていっているのです。現状ですら、アメリカで医療に携わることに関しては相当な責任だと感じます。研修中などであれば惨状を無視してもいられるのでしょうけれど、一端見えてしまった世界に目をつぶるのは、難しそうです。
まあ、ブランクの期間のブログについては、メモは残してあるので、ドイツにいる間に少しは遡って書けるかもしれません。
2009年7月15日水曜日
採血
アメリカの医師は、通常は採血など、しない。病院では看護婦や採血技師がやるし、診療所では検査部または外部の検査機関への斡旋となる。でも研修医の時には、夜中とかに看護婦がとれなかったりした場合に、呼ばれたりする。熟練看護婦ができない採血を普段練習していない研修医ができる、というのは、これは基本的にはクレージーである。
まあそれはそうと、研究の現場ではいろいろできた方がよいわけで、動物の採血をしなければならないこともあるだろうし、第一秋には「研修医研修(acting internship, sub-internship)」と称してほとんどインターンの仕事をする月が2ヶ月も入っているので、採血くらいは上手な方がよい。
で、昨日はクリニックの検査部で採血を練習させてもらった。採血なんてきっと、MS-2年生のころの5年前以来であろう。まあみな健康な人ばかりで簡単は簡単、暈人だから泰然自若のひとがほとんどなのだが、中にはこわいひとも。あと、ある人なんかは、ジョークだったのだが、こちらの緊張状態を見抜いてか「I'm carrying a gun, you know」といって笑っていた。まあでも、「projecting confidence」というのか、まあつまりは翻訳すると「はったり」とかいうやつだが、芝居はだいぶうまくなった気がする。
まあそれはそうと、研究の現場ではいろいろできた方がよいわけで、動物の採血をしなければならないこともあるだろうし、第一秋には「研修医研修(acting internship, sub-internship)」と称してほとんどインターンの仕事をする月が2ヶ月も入っているので、採血くらいは上手な方がよい。
で、昨日はクリニックの検査部で採血を練習させてもらった。採血なんてきっと、MS-2年生のころの5年前以来であろう。まあみな健康な人ばかりで簡単は簡単、暈人だから泰然自若のひとがほとんどなのだが、中にはこわいひとも。あと、ある人なんかは、ジョークだったのだが、こちらの緊張状態を見抜いてか「I'm carrying a gun, you know」といって笑っていた。まあでも、「projecting confidence」というのか、まあつまりは翻訳すると「はったり」とかいうやつだが、芝居はだいぶうまくなった気がする。
2009年7月13日月曜日
Shit
今日もまた直腸鏡、クローン病関連の痔瘻。結構派手な炎症というか肉芽腫というかで、覗いた大先生は聞こえるか聞こえないかの声でひとこと「shit」。まあ、「クソ」というわけだが、直腸鏡をのぞいているので、たしかにliterallyに「糞」である。つい、吹き出しそうになってしまった。患者が向こうを向いて伏せていたのが幸い。
2009年7月7日火曜日
直腸鏡
カルテを打ち込んでいたら、消化器内科医でもある大差先生が寄ってきて、「ちょっとおいで」と。クリニックの処置室に連れられていくと、「こちらDr. Takagaki、今日は彼が直腸検査をしますからね。」まあ、若干詐欺混じりだが、確かにドクターはドクターなので、間違いはない。
俯せになっている患者を尻目(?)に触診からはじめて、身振り手振りによってあっけなく、はじめての直腸検査ができてしまった。以前から不思議に思っていたのだが、確かにこれだったら19世紀技術で十分可能である。大腸ガンは出口直前に発生することも多いのだが、体感してみて初めて検査の意味がわかった気がする。医学というのはこういう小さな体験の積み重ねによって初めて、全体像が見えてくるものなのだろう。
で大差先生も時々横からのぞきながら、無事、正常な直腸が確認できたのだが、患者は結構派手な血便 x1の愁訴だったので、まだ奥に何かあると考えられる。「今週中にまた、スコープするからね」と。
スコープは上からも下からも何度か入れたことはあるのだが、また頭の中で復習しておかないと、いろいろ教えてくださる先生にも、患者さんにも申し訳ない。
俯せになっている患者を尻目(?)に触診からはじめて、身振り手振りによってあっけなく、はじめての直腸検査ができてしまった。以前から不思議に思っていたのだが、確かにこれだったら19世紀技術で十分可能である。大腸ガンは出口直前に発生することも多いのだが、体感してみて初めて検査の意味がわかった気がする。医学というのはこういう小さな体験の積み重ねによって初めて、全体像が見えてくるものなのだろう。
で大差先生も時々横からのぞきながら、無事、正常な直腸が確認できたのだが、患者は結構派手な血便 x1の愁訴だったので、まだ奥に何かあると考えられる。「今週中にまた、スコープするからね」と。
スコープは上からも下からも何度か入れたことはあるのだが、また頭の中で復習しておかないと、いろいろ教えてくださる先生にも、患者さんにも申し訳ない。
2009年7月4日土曜日
家庭医療
家庭医療の外来実習、1ヶ月。制度的に家庭医療が専門科として設定されたのは1969年と最近であるが、本来、近代アメリカの医療の原点はこの家庭医療にある。つまり医学部卒業後1年間インターンとして研修し、その時点で一般医として産科・小児科・内科・ちょっとした外科など全般を行うべく、開業する。
で、今回の家庭医療実習は願い出て、去年の初冬に内科外来実習で一ヶ月配属になっていた暈関連のクリニックにまた置いてもらうことになった。残念ながら、前回主についていたお婆さん中イ左はアフガンに短期派遣されて留守だが、よく面倒をみてくださった指揮管大イ左などは「やあやあ、よくまた来てくれた。」と本当に嬉しそうに迎えてくださった。
で半年以上前とまったく同じ環境で患者さんと接していると、この1年間で、実にいろいろと身についていることがよく実感できる。
学生の実習形態としては、だいたい僕が最初に一通り患者の話を聞いて診察して、「まあ○○の感じです。では指導医を呼んできますね。おそらく、○○など、薬をお出しすることになると思いますよ。ちょっとお待ちください。」といって奥に下がる。そこで、一緒にやっている指導医に30秒程度の簡略なSOAPプレゼン、場合によってはプレゼンしなかった所見やプランの部分についてちょっとdiscussionしてから、また診察室に戻って場合によっては指導医が重要所見をとりなおし、二人で患者に説明しておしまい。
今回主につくことになっているおばさん指導委は、子育てのために退役してパートタイマーなのだが、そのこともあってか、実にのびのびと楽しそうに診療・教育を行う。たとえば、患者説明の段でいきなり話を振ってくる。「いろいろKentaと話し合った様子では、あなたはfibroid(子宮筋腫)のようですね。じゃあKenta、fibroidについてちょっと説明して差し上げて。」
そこで何のためらいもなく、病理・リスク因子・症状やnatural history・治療オプションについて、患者にわかりやすく話せるようになっている自分には、驚くばかりである。我ながら、関心。
で、今回の家庭医療実習は願い出て、去年の初冬に内科外来実習で一ヶ月配属になっていた暈関連のクリニックにまた置いてもらうことになった。残念ながら、前回主についていたお婆さん中イ左はアフガンに短期派遣されて留守だが、よく面倒をみてくださった指揮管大イ左などは「やあやあ、よくまた来てくれた。」と本当に嬉しそうに迎えてくださった。
で半年以上前とまったく同じ環境で患者さんと接していると、この1年間で、実にいろいろと身についていることがよく実感できる。
学生の実習形態としては、だいたい僕が最初に一通り患者の話を聞いて診察して、「まあ○○の感じです。では指導医を呼んできますね。おそらく、○○など、薬をお出しすることになると思いますよ。ちょっとお待ちください。」といって奥に下がる。そこで、一緒にやっている指導医に30秒程度の簡略なSOAPプレゼン、場合によってはプレゼンしなかった所見やプランの部分についてちょっとdiscussionしてから、また診察室に戻って場合によっては指導医が重要所見をとりなおし、二人で患者に説明しておしまい。
今回主につくことになっているおばさん指導委は、子育てのために退役してパートタイマーなのだが、そのこともあってか、実にのびのびと楽しそうに診療・教育を行う。たとえば、患者説明の段でいきなり話を振ってくる。「いろいろKentaと話し合った様子では、あなたはfibroid(子宮筋腫)のようですね。じゃあKenta、fibroidについてちょっと説明して差し上げて。」
そこで何のためらいもなく、病理・リスク因子・症状やnatural history・治療オプションについて、患者にわかりやすく話せるようになっている自分には、驚くばかりである。我ながら、関心。
2009年6月23日火曜日
ビールとソーセージ
近所のスーパーでドイツ産のソーセージとドイツ産のヘフェヴァイツェン。まだ1ヶ月半、このあついワシントンで過ごさなければならないのだが、気持ちは早くもドイツでの3ヶ月の研究滞在しか頭にない。
10日間の夏休みだが、論文を読んだり物書きをしたり、毎日500-1000m泳いだり、もう絶好調である。苦しかった一年が終わって、一転してヨーロッパ流の悠々自適生活。
10日間の夏休みだが、論文を読んだり物書きをしたり、毎日500-1000m泳いだり、もう絶好調である。苦しかった一年が終わって、一転してヨーロッパ流の悠々自適生活。
2009年6月21日日曜日
Third year修了
まあ正確に言うと、研究をしていた都合でまだ1ヶ月半、家庭医療と神経内科を回らなければならないのだが、まあ、外科を終えたわけで、Medical Schoolで一番大変な1年は終わったに等しい。久しぶりの休暇、10日間。一息つきながらTchaikovskyを聞いたり、積ん読になっていたいろいろな本をかじったり、ぶらぶら街を散歩して考えることしきり。
この半年で発見したこと:実をいうと、臨床は、嫌いではない。きっとそれなりの臨床家にも、なりうるような気はしてきた。でもそれ以上に、やっぱり研究の方が、好きである。研究のことを考えていない日々は、やはり、どこかで息苦しい。あと、現在のような高度専門化の元では、本質的に意味のある基礎研究と上質の医療を同時に行うことは、まず不可能といって差し支えない。少なくとも、僕には。
まあ卒後1年間の研修を経て免許だけは取ることになるだろう。その研修マッチの際の売り込みも考えなければならない。つまり、「1年きりのつもりのお客さんが、果たしてどれだけきちんと働くだろうか」という疑問に答えねばならないのだ。でもよく考えたら、この「臨床」という希有な体験があと、4年の研修前実習と、インターンの1年だけしか積めない、ということは、ある意味でその1年がより貴重であるという風にもとれる。その1年で、一生分の研究の糧を蓄え込まなければならない。そういう側面を提示できれば、研修プログラムもこちらの姿勢に納得を示さないとも、限らない。
この半年で発見したこと:実をいうと、臨床は、嫌いではない。きっとそれなりの臨床家にも、なりうるような気はしてきた。でもそれ以上に、やっぱり研究の方が、好きである。研究のことを考えていない日々は、やはり、どこかで息苦しい。あと、現在のような高度専門化の元では、本質的に意味のある基礎研究と上質の医療を同時に行うことは、まず不可能といって差し支えない。少なくとも、僕には。
まあ卒後1年間の研修を経て免許だけは取ることになるだろう。その研修マッチの際の売り込みも考えなければならない。つまり、「1年きりのつもりのお客さんが、果たしてどれだけきちんと働くだろうか」という疑問に答えねばならないのだ。でもよく考えたら、この「臨床」という希有な体験があと、4年の研修前実習と、インターンの1年だけしか積めない、ということは、ある意味でその1年がより貴重であるという風にもとれる。その1年で、一生分の研究の糧を蓄え込まなければならない。そういう側面を提示できれば、研修プログラムもこちらの姿勢に納得を示さないとも、限らない。
2009年6月17日水曜日
...she passed at three o'clock...
夜、帰りがけに、一般外科ICU病棟にふらっと立ち寄った。別に強い目的意識があったわけでもないが、ある患者の容態が気になって。この患者は、産婦人科、移植外科、脳外科と3ローテーション・4ヶ月にわたって、間断的に受け持っていた。空っぽの部屋を指さしたら、看護婦さんが、「あら、3時にお亡くなりになったんですよ。」と。まあ、最後だけは静かに息を引き取ったとのこと。
でもいろいろな指導医の判断をみていると、体制に対する猜疑心というか、疑問が発展してきた。その成長も、この患者さんがきっかけ。結局医者というのは本当に患者のためを思っているのか、という点に尽きる。不幸にして、答えがNoであることが、あまりに多いのだ、特に外科医。
でもいろいろな指導医の判断をみていると、体制に対する猜疑心というか、疑問が発展してきた。その成長も、この患者さんがきっかけ。結局医者というのは本当に患者のためを思っているのか、という点に尽きる。不幸にして、答えがNoであることが、あまりに多いのだ、特に外科医。
2009年6月13日土曜日
脳をみたい?
先日「脳をみてみたい」、とブログした。実際外科というのは、手術がおもしろいのが醍醐味なのである。でも逆に、これはある意味、患者の不幸を願っているともとれる。
それで念願かなって、昨日と今日の当直と、十二分に脳とおつきあいすることになった。Aneurysm clippingとintracranial hematomaの助手。
とりわけ2件目は、産婦人科、移植外科、脳外科と長いあいだfollowしてきた患者さんなので、さらに妙な気分。別にストーカーじゃないんですけれども、なんだか僕がローテーションするとその科の疾患に罹ってしまうような。よりにもよって僕が脳外科当直の休日に、緊急手術が必要になるとは。2月に産婦人科を回っていた頃から入院しているのだが、人のいい旦那さんとかわいい幼児を残して、瀕死状態である。硬膜をあけたら、raspberry jamのような黒いドロドロが押し出されるようにして顔をのぞかせる。白く浮いているのはいうまでもなく、血腫によって圧死した脳片である。
もちろん、重篤な疾患で入院した患者さんにとっては、経験豊富な医師がそこにいることはなにより重要である。だが、やはり、人の死が仕事かつ醍醐味であるというのは、ちょっとヤクザっぽいことは否めない。重病人がいなければ、医師は育たないし、経験も積めない。その点基礎研究は、研究費さえ稼げれば、誰の不幸をも願わずして、自分の重要と思う仕事を進めることができる。とても無責任な考え方ではあるが。
それで念願かなって、昨日と今日の当直と、十二分に脳とおつきあいすることになった。Aneurysm clippingとintracranial hematomaの助手。
とりわけ2件目は、産婦人科、移植外科、脳外科と長いあいだfollowしてきた患者さんなので、さらに妙な気分。別にストーカーじゃないんですけれども、なんだか僕がローテーションするとその科の疾患に罹ってしまうような。よりにもよって僕が脳外科当直の休日に、緊急手術が必要になるとは。2月に産婦人科を回っていた頃から入院しているのだが、人のいい旦那さんとかわいい幼児を残して、瀕死状態である。硬膜をあけたら、raspberry jamのような黒いドロドロが押し出されるようにして顔をのぞかせる。白く浮いているのはいうまでもなく、血腫によって圧死した脳片である。
もちろん、重篤な疾患で入院した患者さんにとっては、経験豊富な医師がそこにいることはなにより重要である。だが、やはり、人の死が仕事かつ醍醐味であるというのは、ちょっとヤクザっぽいことは否めない。重病人がいなければ、医師は育たないし、経験も積めない。その点基礎研究は、研究費さえ稼げれば、誰の不幸をも願わずして、自分の重要と思う仕事を進めることができる。とても無責任な考え方ではあるが。
2009年6月12日金曜日
脳外科
6時から4時まで立ちっぱなし。7時間の大手術。まあ、おもしろいはおもしろいのだが、猿の脳とあまり変わらないので、感動が薄い。あと、これは人間的な働き方とはいえまい。膝の感覚は、とうに失せている。
もしも、血管外科とかだとそのうえ、放射線を日光のように浴びるから、きっと40,50にもなったらみんなリュウマチで体中の間接がガクガクなのだろう。
おもしろいはおもしろいし、上手にできたら気分もよいのだろうけれど、ある意味でルーチーン・ワークになってしまいかねない気がする。医学全般、その面があるのかもしれないが。
もしも、血管外科とかだとそのうえ、放射線を日光のように浴びるから、きっと40,50にもなったらみんなリュウマチで体中の間接がガクガクなのだろう。
おもしろいはおもしろいし、上手にできたら気分もよいのだろうけれど、ある意味でルーチーン・ワークになってしまいかねない気がする。医学全般、その面があるのかもしれないが。
2009年6月10日水曜日
脳外科
天国のように暇だった眼科に次いで、今年最後のお題は脳外科二週間。専門外科では唯一、当直を課されている。初日は6時から開始。いきなり、3時近くまでぶっ通しのT12-L5 XLIF(歪んだ脊柱を固定する手術の一種)。しかも、定期的に写真を撮りながらの手術なので、術中の6時間くらいは重い鉛を着て、死にそうだった。
しかも、レジデントがいなくて、例によって1階級特進の第一助手。最近こういうことが多いのは、年度の終わりに向けて、レジデントたちが休みを取ったり、面倒くさいルーチン症例に消極的になっているためだろうか。隣の部屋でやっていた、巨大髄膜腫(頭蓋骨を食い破って、実に漫画のシンプソンみたいにあたまが隆起)は、やけににぎわっていたようだが、それを尻目に若い指導医と黙々とspinal surgery。せっかくの脳外科なのだから、ぼくも、脳を少しはみたいものだ。
まあ、整形外科でも脊柱は若干さわったので、pimpなども抜かりなく瞬時に合格。小さな穴からやる手術なのだが、脊椎の解剖も最近やっとだいたい頭に染みついてきたので、ほとんど何も見えなくても無事助手が務まった。
しかも、レジデントがいなくて、例によって1階級特進の第一助手。最近こういうことが多いのは、年度の終わりに向けて、レジデントたちが休みを取ったり、面倒くさいルーチン症例に消極的になっているためだろうか。隣の部屋でやっていた、巨大髄膜腫(頭蓋骨を食い破って、実に漫画のシンプソンみたいにあたまが隆起)は、やけににぎわっていたようだが、それを尻目に若い指導医と黙々とspinal surgery。せっかくの脳外科なのだから、ぼくも、脳を少しはみたいものだ。
まあ、整形外科でも脊柱は若干さわったので、pimpなども抜かりなく瞬時に合格。小さな穴からやる手術なのだが、脊椎の解剖も最近やっとだいたい頭に染みついてきたので、ほとんど何も見えなくても無事助手が務まった。
2009年6月6日土曜日
眼科
実に天国のように楽だった眼科。普段本業ではネズミの脳手術のために、眼科の器具を用いるため、それはそれでいろいろと参考になった。まだネズミの脳手術には導入していないが、使えそうな道具もいくつかあった。目玉の手術というと、一瞬、気持ち悪そうだが、実をいうと大したことなかった。病院を回っているともっともっとゾッとするようなことは、いくらだってある。
それにしても、普通の人間のような就業時間で給料はたくさん。Ophthalmologyが専門外科系マッチで大人気なのも、宜なるかな。意外と専門といってもルーチン・ワークが多いようだし、手先さえ器用ならあとはあまりチャレンジングな面は少ないかもしれない。だからみんな網膜チップとかいろいろ飛躍した技術に飛びつくのだろう、そうでもしないと飽きて飽きて頭が腐ってしまう気がする。
それにしても、普通の人間のような就業時間で給料はたくさん。Ophthalmologyが専門外科系マッチで大人気なのも、宜なるかな。意外と専門といってもルーチン・ワークが多いようだし、手先さえ器用ならあとはあまりチャレンジングな面は少ないかもしれない。だからみんな網膜チップとかいろいろ飛躍した技術に飛びつくのだろう、そうでもしないと飽きて飽きて頭が腐ってしまう気がする。
2009年6月5日金曜日
Field Promotion (2)
先日緑内障手術でレジデントがいないから、「じゃあちょっと手洗って手伝ってね。」と親切な女医さんの第一助手に入った。
本業でネズミの脳の手術をやっていて、その世界では多分誰にも負けない腕の自信があるのだが、目玉の手術はほとんど同じ感じだった。実体顕微鏡下で、使う道具もほとんど一緒。Ahmed valveという圧を逃す弁を横っちょに埋込する手術とかだったのだが、ちゃんと第一助手を務めることができたし、ほとんど指示を受けずに手術をスムーズに補佐できたから、先生もびっくりしていた。
でも眼科の手術は術野が狭いこともあって、このfield promotionがない限り、学生はほとんど手を洗わないみたいだ。結局2週間ローテして手を洗ったのは、この日の手術と、動眼筋2件、白内障ちょっと。オペに入ったって見学だと、便所に行ったりもあまり憚りないし、ポケットに忍ばせた論文(もちろん手術に関連するものだが)を読んだりもできるから、楽ちん楽ちん。
本業でネズミの脳の手術をやっていて、その世界では多分誰にも負けない腕の自信があるのだが、目玉の手術はほとんど同じ感じだった。実体顕微鏡下で、使う道具もほとんど一緒。Ahmed valveという圧を逃す弁を横っちょに埋込する手術とかだったのだが、ちゃんと第一助手を務めることができたし、ほとんど指示を受けずに手術をスムーズに補佐できたから、先生もびっくりしていた。
でも眼科の手術は術野が狭いこともあって、このfield promotionがない限り、学生はほとんど手を洗わないみたいだ。結局2週間ローテして手を洗ったのは、この日の手術と、動眼筋2件、白内障ちょっと。オペに入ったって見学だと、便所に行ったりもあまり憚りないし、ポケットに忍ばせた論文(もちろん手術に関連するものだが)を読んだりもできるから、楽ちん楽ちん。
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