2009年3月15日日曜日

ER時代の終焉

来る4月、シカゴの大病院救急での人間的葛藤を描いた人気ドラマ「ER」が幕を閉じる。メディカルスクールに入学した頃の同級生は、紛れもなくER世代の学生だったので、時代の流れを感じずにはいられない。そしてかくいうかつての同級生達も、内科・小児科など3年間のレジデンシーに進んだ者は今年卒業、夏から勤務医や専門フェローになる。

ERは、葛藤のドラマである。Dr. Greene、Carter、 Dr. Benton、Dr. Ross。アメリカ医療の制度的崩壊の中で、伝統的なアメリカ医学のvaluesという建前が、資本主義という大義名分に押しつぶされる。その中でも「ER」の主人公たちは、なんとか、辛うじて、真摯に、医業のcreedに恥じず生きようとする。主人公達の、建前と本音の狭間の葛藤を目の当たりにしつつ、そして場合によってはそれにあこがれをもって、僕らは、医業というギルドに入門を申し出たのだった。



しかし、ERというドラマは、誰も見る人がいなくなって久しい。僕もメディカルスクールに進んだあたりから、忙しいのと、話の要であるグリーン先生がいなくなったこともあって、見なくなった。そして脳科学の博士を修了して医学博士課程に再合流した今、一回り下にあたるクラスの同級生達は、もはや、ER世代ではない。むしろ、「House」や「Scrubs」の世代である。

「House」の主人公、Dr. Gregory Houseは、自らのintellect以外の全てのものを馬鹿にしきっている。その中で毎週毎週、難しいcaseを見事に完治してゆく。そこには、体制にあわせようという意志は、全くない。建前など、とうに捨てている。「Scrubs」はほとんど知らないのだが、難しい問題もすべてコメディータッチに笑い飛ばしてしまう。

これらのドラマは、葛藤を超越している。そこには間違いなく、違った時代の息吹が感じられるのだ。



「We hold these truths to be self evident...」というアメリカ独立宣言の文句は、実に、「建前がない・全て本音」というアメリカ建国のタテマエを象徴している。「この真実、当たり前でしょ」。しかし、建前のない社会など、現実には、あり得ない。アメリカ史の200年とは、この「建前がない」というタテマエと、建前を必要とする社会のホンネの戦いと読める。

奴隷制度、黒人差別、階級差別。アメリカという国はこれらの建前に反した本音に支えられて生きてきた。が、1960年代という歴史のcataclysmで、この本音は形式上、一掃されたのだった。このあたりから、「建前はない」というタテマエは、タテマエではなく、本気で信じられるようになる。

本音が一掃されて建前が現実のものとして受容された社会では、「アメリカンドリーム」も、現実と錯覚されてしまう。誰でも、無限に富を累積できる。誰でもクレジットカードを駆使して、ハリウッドスターのような生活を送れる。誰でも、無限のエネルギーと食料を浪費できる。誰でも、大学院にさえ行けば博士になれる。誰でも、USMLEとboardsを無事終了すれば、名医になれる。

建前と本音の葛藤を了解しない社会にこそ、「アメリカンドリーム」というネズミ講型社会モデルが、真に開花できたのだ。



アメリカ社会、そしてアメリカ型に染まった世界が崩壊の瀬戸際を漂う中、この「House」や「Scrubs」は実に、歴史的な大潮流の息吹を反映しているように思えてならない。「ER」は、「建前がない」というタテマエと「建前」というホンネの間で板挟みになる主人公たちの葛藤の物語。「House」などは、建前を捨てたときに、何が残るかを問う物語なのである。

参考: 知人のブログ。Star Warsの世代交代に、同じような構造を読んでいる。

4 件のコメント:

  1. はじめまして。

    今はもうERを見ている医学生がいなくてHouseかScrubsかを見ているとのことや、またER、House、Scrubsそれぞれが時代とどう関わっているかということなど、とても興味をそそられる楽しい内容のブログ記事だなあと思いました。

    私は今日本で医学生をしています(新5年生)。ER、House、Scrubsは、それぞれ数エピソードずつしか見たことがないのですが、Houseは面白いと思えず、ERは一つのエピソードが約40分と長いために私にはつらく、Scrubsが一番面白く感じられました。Scrubsの他のエピソードをもっと見ていきたいなと今は思っています。

    高垣さんはScrubsはあまりご覧になっていないとのことですが、もしお時間ありましたら、Scrubsがどういう物語なのかを高垣さんからの視点でコメントしてくださるとうれしいです。

    とりあえず今の私は・・・Scrubsのセリフ(英語)をScriptを見なくても聞き取れるようになりたいなと思っています。

    返信削除
  2. 度々すみません。

    先ほど「Scrubsがどういう物語なのかを高垣さんからの視点でコメントしてくださると・・・」と書いたのは、

    Scrubsの主人公が誰でルームメイトが誰で話の展開としては○○で・・といったことではなく、

    Scrubsというドラマを今の時代という観点から眺めた時に、Scrubsがどういう時代の物語であるのかと、ということです。

    先ほどの私のコメントがちょっと誤解を生む表現だったかなと思い、このコメントを書きました。

    来月から私の大学病院での病棟実習が始まるので、頑張ろうと思います。

    それでは失礼いたします。

    返信削除
  3. こんにちは、コメントありがとうございます。

    Scrubsは1回みたかみないか、といったところなので、何ともコメントできませんが、無理矢理話に組み込むならば、「いろいろ難しい状況中で、おさな返りを通してそれをバラ色に描く」といったところでしょうか?

    あと、医学英語教材としては、ERの方もよいと思います。

    実習はいろいろと大変かもしれませんが、いろいろなことをみて楽しまれるとよいと思います。

    返信削除
  4. ありがとうございます!

    ERもみてみようと思います。

    返信削除