2009年5月16日土曜日

He has no idea what he's doing...

移植臓器の採取というのは、実に不思議な現場である。

まず時間帯。日中に家族への告知などが行われるため、臓器の採取は通常、夜間~深夜にずれ込む。

そして顔ぶれ。臓器は患者ごとに優先順位により割り振られるので、基本的には臓器の当たった患者が治療を受けている病院が、臓器採取現場に出向く。通常は一献体あたり、肝臓、腎臓、と場合によって肺・心臓・膵臓・腸管などが、別々の患者に移植されるから、脳死者の出た病院には、一帯の移植センターから、複数の移植チームが集合するのだ。

そして手順。要するに、脳死者の血流を一気に冷たい細胞内溶液のような組成の環流液で置換して、一気に体をシャットダウンする。実験動物の血流を固定液で環流する手順と、ほとんど代わりがないので、最初の採取に出向いたときなどは、妙に既視感があった。対象がヒトである(ヒトであった?)という違いを除いては。あと、固定液による筋硬直が起きないので、術野だけに注目していて心臓などのモニターに注意を払わないと、何が起きたのか、にわかにはわからない。



先日の採取は、ニューヨークの有名病院から心臓を取りに来ていた。ほかの臓器チームは移植フェローや勤務医が来ているというのに、その有名病院だけ、何年目だかわからないレジデントが来た。しかも、移植なんて普通、医学生はオマケの見学retractorなのだが、そのニューヨークのチーム、なんと医学生が前立ちで心臓を摘出しようというのだ。その時点からして回りは不審な眼差しなのだし、しかもその研修医、いかにも手際が悪い。全く何をすべきかわかってはいるようだが、いかにも見ていて手慣れない。

で、回りの眼差しを感じ始めたら、そのレジデント、緊張してきたみたいでさらに手が震え出す。挙げ句の果てに、うちの移植フェローが肝臓の準備と環流の準備を全て終えても、まだなにやら心膜だかと格闘している。(心臓は解剖学的には比較的独立している。また心臓外科はスピードが特に重要なので、普通心臓をさわる人は上手で速い。だから肝臓よりも心臓の方が手こずるなんてことは、通常、あり得ない。)

で環流の準備が全て整った時点で、「待ってくれ」と言い出す。どうやら、ニューヨークの病院で、臓器受け入れ患者の準備ができていないらしい。確かに心臓は虚血時間に一番弱いので(4時間とか?)、特に飛行機で来ていたりするとそこら辺の手はずは最重要である。が、ここまできて、回りは「こいつ何者ぞ」という不審感があるし、回りの年長者に対して緊張感からか虚勢を張って、空回りをしている。

しかも、時は朝の4時半。環流時間を5時半まで待ってくれ、というのだが、ほかの人たちにだって都合はある。ただでさえ朝の通常オペは中止だというのに、勝手な準備不足で1時間も何もせずに待てというのは、あまりに理不尽。しかも、ワシントンのラッシュを、全く考慮に入れていない。5時にこの病院を出たら、郊外の空港には間違いなく6時前につける。6時にてたら、どう転んでも7時半どころの騒ぎではない。交通渋滞の中で、せっかくの心臓が死んでしまうこと必死である。このラッシュ事情を、一番年長のコージネーターの移植医が説明するも、レジデント君、飲み込みが悪い。全ては自分の思い通りに行くのだという先入観がある様子。

まあとにかく、採取は無事終わった。心臓から最初に採取するのだが、そのニューヨークの心臓チームがオペを出て臓器の採取の危急な局面が終わるや、すぐに他のチームから、ボソッ、ボソッと、とんでもない悪口雑言が漏れ出したことは、いうまでもない。

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